第98話 突撃前にするべきこと

「し、初代団員が俺に暴行を!? す、すまない団長! だが、俺は、俺は……」


「……なんだ、あのうるさいのは?」


 現在、誰も使用していない客間。


 その部屋の片隅で目隠しの上に縛り上げられ、放置されているゴレームを怪訝そうにクリーガルが見ている。


 その質問に、ムゥタンは答えた。


「私たちを襲ってきた者の一人ですぅ。口を縛ってもいいのですが、素人なのでぽろぽろ情報をこぼすんですぅ。なのでそのまま放置しています」


「なにもしないのか……? なにもしないなんて、そんな……」


「気持ち悪いのだが」


「まぁ、我慢してくださいな」


「あの……」


 二人の会話に、アナトミアが口を挟む。


「なんで私は優雅に髪を結われているんですか?」


 アナトミアは今、ムゥタン達に着付けをされていた。


 ムゥタンが髪を結い、クリーガルが着替えさせている。


「アナトミアさん」


「はい」


「アナトミアさんがご自身の解体道具を大事にしているの知ってますぅ。けど、まさか湯着のまま突撃しようなんて思ってはいないですよね?」


「うぐ……」


 ムゥタンの意見に、アナトミアは何も言えなかった。


 ちなみにムゥタンは、いつの間にか手早く一人で着替え終わり、動きやすい服装になっている。


 いくつかの武装が見え、臨戦態勢だ。


「それに、武器も何も無い状態でどうするつもりだったんだ?」


「え、いや、普通に、こう、ボコボコに……」


「素手で行くつもりだったのか!?」


 クリーガルの指摘に、確かに素手で向かうような相手ではなかったとアナトミアも反省する。


 今回の犯人がボンツが率いる『ボトムスハイター』とかいう冒険者集団であるのならば、人口1万人近い町であるトングァンでも屈指の実力を誇る冒険者集団に殴りこみに行くということになるのだ。


(そんな相手に突撃しようなんて……よっぽど頭に血が上っていたんだな)


 ふぅと息を吐き、なんとか自身を落ち着かせるように呼吸を整える。


 実際、ムゥタンに無理矢理着替えさせられてから、アナトミアはかなり落ち着きを取り戻していた。


「アナトミア姉は意外とケンカっ早いからねー」


「昔からモノを大切にする子だったけど、巾着袋を盗まれたからって……」


 ゼクレタルとシュヴァミアが心配そうにアナトミアを見ている。


 ちなみに、二人ともクリーガルと一緒に屋敷の広間にいたのだが、爆発が発生したと聞いて、クリーガルと一緒に行動していたのだ。


 姉妹から、困った子という目を向けられて、居心地が悪くなっているアナトミアをよそに、ムゥタンとクリーガルはアナトミアを着替えさせながら、それぞれの情報を交換していた。


「温泉の方で火災、ですかぁ」


「ああ。私は気がつかなかったが、イェルタル殿が、焦げ臭いと言い出してな。ナフィンダ殿と出て行ったのだ。連絡は取れるようにしているので、そろそろ戻ってくるはずだが」


 クリーガルは、以前、トングァンの町長の屋敷でムゥタンが使っていた竜皮紙を見せている。


(……温泉?)


 クリーガル達の会話を聞いて、アナトミアは何かが引っかかった。


(……温泉の近くに、火災が起きるようなモノは置いてない。自然に発火したとしても、空気は乾燥していないし、落雷も無かった。なら、誰かが放火したとしか考えられないけど……まさか、な)


 ふと思い浮かんだ人物の名前に、アナトミアはげんなりとした。


 もし、今回の件にあの人物も関わっているのなら、最悪である。


「……その火事でイェルタルさんがいなくなって、お風呂場への侵入者にも気がつかなかったと」


「そうだな。あまり得意な事では無いが、私が気をつけていれば……素人の侵入にも気がつけないとはな」


「いや、しょうがないですよ。どうやら、彼らはかなり上等な道具を与えられているようですぅ。それに、素人とはいえ、彼らも一流と呼ばれる程度には腕のある冒険者。そもそも、気配を消すくらいのことは出来るでしょう」


 ムゥタンでさえ、爆弾を使用されるまで、ゴレーム達の接近に気がつかなかったのだ。


 どうやら、彼らが着ている服には、足音や体臭などを消す、隠密行動を得意とするドラゴンの素材が使われているようだ。


「イェルタルさんは今何をしていますかぁ?」


「消火活動を終えて戻ってきているようだ。そろそろ到着すると思うが……」


「大丈夫か!? アナトミア!」


 噂をすれば、イェルタルが帰ってきた。


 ばーんと、部屋の扉を開けて入ってくる。


 アナトミアが着替えをしている部屋の中に。


「……イェルタル殿」


「む?」


「扉をいきなり開けるな、と前に言いませんでしたか?」


 兄に着替えを見られた程度で騒ぐようなアナトミアではないが、クリーガルとしては許せなかったのだろう。


 クリーガルの額に血管が浮かびそうになっていた。


「い、いや、そうだが……」


「とにかく、準備が終わるまで待っていってください」


「はい!」


 イェルタルが追い出される。


「……では手早く着替えを終えましょう」


「はい」


 ぷんぷんと怒っているクリーガルを微笑ましく思いながら、アナトミアは着替えを終えた。

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