第94話 ヴルカンとメイド服の少女


「さて、じゃあお兄さん、もう行くから」


「え、あの、ヴルカン様?」


「東の島:オストンの領主くんたちの事は任せたよ」


「え、あの、ちょっと!?」


「じゃあねー」


 滄妃龍:ブラウナフ・ロンを倒し、もろもろの後始末を終えたあと、ビスティ達を置いて、ヴルカンは火の鳥に乗り、船を飛び立った。


 その火の鳥の足には、滄妃龍:ブラウナフ・ロンの頭が吊り下げられている。


「うーん、久しぶりに『財』を使ったなぁ。ちょっとくたびれた、っと……ん?」


 遠くに陸地が見える海上の空。


 悠々と空を飛んでいた火の鳥の頭に、トンと音を立てて、一人の少女が降り立った。


 西の方の国で、主に給仕を担う者が着る服を着た長い髪をなびかせるその少女の顔は整ってはいたが、半分ほど醜く焼けただれている。


「おお、メェンたん。めいど服なんて着て、そんなところに立っていると下着が見え……もげ!?」


 メェンたんと呼ばれた少女が、的確にヴルカンの鼻の下を蹴り上げる。


「ごきげんよう、ヴルカン様。元気そうで何よりです」


「今元気じゃなくなったんですけどー? お顔が痛い痛いなんだけどー? いや、別の意味で元気……ごかふ!?」


 起き上がろうとしたヴルカンのこみかみを、少女のかかとが蹴り抜いた。


「お、おう……おおおう!?」


「本当にお元気そうで。それと、私の名前はメェンたんではなくメェンジンです」


「えーメェンたんの方が可愛いじゃん」


「私が可愛いことは肯定しますが、メェンジンです」


「メェンたん♪……うおっ!? 危なっ!?」


 顎に向けて蹴り上げたメェンジンの足を、ヴルカンはギリギリ避ける。


「……なんで蹴られないんです?」


「いや、さすがにこれ以上はお兄さん命の危険を感じて……それと、何か報告があるんでしょ?」


 メェンジンは少し悩んだ後、話を進めることにする。


「では、まずは必要では無いことから報告しますね」


「……普通は必要なことからじゃない?」


「ラーヴァ王子ですが……」


「しかも王子を必要ないって言っちゃったよ」


 ヴルカンを無視してメェンジンは話を進める。


「王子はすでに王宮へと戻るために、船に乗っております。今日中には中央の島へとたどり着くでしょう」


「えー何しているの? 一応、この女王様はラーヴァ王子が指揮して倒したことにするのに」


 とんとんと、ヴルカンは足下を指す。


 実際に言いたいのは、火の鳥が掴んでいる滄妃龍:ブラウナフ・ロンのことだ。


「南の島:ズバルバーの村を3つ、町を1つ。『燃えないから』と燃やしました。さすがにこれ以上置いておくと主要な町まで燃やし出すので」


「あー……相手するように準備していた子たちは?」


「燃やされました」


 メェンジンが、自分の顔の火傷の痕に触れながら言う。


「ありゃりゃ。結構お金を使ったのに」


「そして、領主が喜んでました」


 メェンジンの言葉にヴルカンは遠くを見つめる。


「……あそこの領主くんは……まぁ、いいや。じゃあ、女王様はそのままラーヴァ王子に届ければいいかな?」


「そうですね。ところで、あれらは、あのままでいいんでしょうか?」


 メェンジンは後方を、ビスティ達が乗る、唯一残った船を見ながら言った。


「……ああ、いいでしょ。壊された船に乗っていて、海上に浮かんでいた生き残った奴らは拾い上げて船に乗せた。女王様の体は、もう一度船にくくりつけて港に運べるようにした。これ以上することある?」


 飛び立つ前にしていたヴルカンの後始末。


 その内容に不備は無い。


 ただ、あるとすれば……


「いえ、一応彼らの大半は南の島:ズバルバーの住人なので聞いてみただけです。結界も使わないような騎士など、どうでもいいでしょう」


「ああ、一応生きてはいたけどね。自分だけを守る結界は使えたみたいでよかったよかった」


 ははは、と笑ったあと、ヴルカンはじっとメェンジンを見る。


「で、他の報告は?」


「そうですね。これは頼まれていた調査内容です」


 メェンジンは、ヴルカンに紙の束を渡す。


 その紙に記された内容を読んで、ヴルカンは満足げに頷いた。


「うん、よく調べたね」


「はい。この国唯一のドラゴンの解体師。『アナトミア・ハバキリ』の経歴です。出身地から、本人の趣味、思考。そして、これまでにどのようなドラゴンを解体してきたのか、まで、王宮で調べられる内容はすべて記しています」


「……解体してきたドラゴンの数も多いけど、龍も何体か解体しているのか、はは、スゴいな」


 ペラペラとめくりながら、ヴルカンはその内容に感嘆する。


「それと、例の件ですが、このまま進めますか?」


「あー、そうだね。せっかく準備したし、やっちゃおうか。その方が面白いだろうし」


 ちらりと、ヴルカンはアナトミアの経歴が書かれた調査書から目をそらし、滄妃龍を引っ張っている船に目を向けた。


「……時間は、明日の夜くらいか。そのくらいに動くように伝えておいて。その時間なら、到着しているでしょ」


「かしこまりました」


「さてさて、どう動くかな。楽しみだな……オアザ様と……アナトミアたん」


 ヴルカンは読み終えたアナトミアの調査書を燃やす。


 もう、日は真っ赤になっている。そろそろ夜になるだろう。


 暗くなる前に、ヴルカンは東の島:オストンから去っていた。

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