第93話 竜臣と龍


「な、なんだっ!?」



 海面が上がる。


 山のように。


 そこから現れたのは、一匹の龍。


 倒れたはずの龍。


 倒したはずの龍。


 滄妃龍:ブラウナフ・ロン。


 その龍が、毒液にやられたはずの口を大きく開く。


 そして、放たれる。


 龍や、一部の大型のドラゴンが使う、代表的かつ、驚異的な破壊の技。


『息吹(ブレス)』


 息、という名前であるが、実際は純粋な魔法の源、魔力を口から吐き出している。


 魔とは欲望であり、魔力とはつまり欲望そのものである。


 破壊する、滅亡させる……殺す。


 龍という頂点生物が望んだその欲を叶えるために吐き出された『魔』は、その欲を存分に叶え、あらゆるモノを破壊する。


 たとえ、大型の船であってもだ。


「うわぁああああああああああ!?」


 横なぎに放たれた滄妃龍:ブラウナフ・ロンの『息吹(ブレス)』は、彼女を引っ張っていた船を全てを巻き込み、破壊した。



 ただ1隻を除いて。



「ほらー、元気じゃん。あげあげじゃん。死んでないよーどういうことー? まったく、ほら、さっさとうぇいくあっぷして、あの女王様を皆で狩ろうぜ! って、あれ?」


 ヴルカンが乗る船は、滄妃龍:ブラウナフ・ロンの『息吹(ブレス)』を浴びても無傷だった。


 その理由は、船の周りを覆っているやや赤みがかった透明な壁だ。


「え、うそ! もしかして皆ばりあーを使ってないの?おいおいおい。お兄さんそれはさすがにがっかりだよ。落ち込むよ。龍と戦うときはばりあーは必須でしょ。何しているのよー今の警備部。騎士の教育がなってないよ」


 ヴルカンが作り出しているばりあー……結界は、魔法を扱えるモノが一番最初に覚える基本的な技である。


 効果はそのまま、壁によって攻撃を防ぐことだ。


 使用者の力量によって結界の強さと大きさは異なり、当然ながら龍の『息吹(ブレス)』を防ぐような強固で、大型の船を覆うような大きな壁は普通の騎士ならば100人は必要になるだろう。


 そんな結界を、一人で展開したヴルカンは、粉々に砕かれた他の船を見て大いに嘆いていた。


「はぁー、こりゃダメだ。もう帰ろうかな。龍を倒すから、ラーヴァ王子へ取り次いでくれないか、って頼まれたのに、この程度のこともできないなんて……これならさっき会った女の子の方がよっぽど……あれ?」


 がっくりと肩を落とすヴルカンは、何かに気がついたように顔を上げる。


 そこには、大きく口を開けている滄妃龍:ブラウナフ・ロンがいた。


「ああ、そうだね。見逃す道理はないもんね、女王様には」


 ヴルカンの言葉を遮るように二発目の滄妃龍:ブラウナフ・ロンの『息吹(ブレス)』が放たれる。


 二発目の『息吹(ブレス)』は、なぎ払うような形ではなく、一直線に放たれた。


 ただ、一人を狙うように。


 ヴルカンだけを殺すように。


 しかし、その『息吹(ブレス)』も、ヴルカンの結界に阻まれた。


 轟音が響き、爆風によって海の水が巻き上がり雨のように降り注ぐ。


 その水音の後ろで、ヴルカンは楽しそうに笑っていた。


「うん。集中砲火って感じ。怖いねぇ。でもお兄さんのこの無敵なばりあーがある限りは……って、あれ?」


 ヴルカンが首を傾げると同時に、船を覆っていた結界に亀裂が入る。


 そして、亀裂はどんどんと広がり、とうとう結界は壊れてしまった。


「あーあ。二発の『息吹(ブレス)』はさすがのお兄さんの無敵ばりあーでも耐えられないか。しょうがない。女王様のお相手をしますか」


 ヴルカンは火の鳥に乗り、船を離れる。


 そして、滄妃龍:ブラウナフ・ロンに近づいた。


「周りは水だらけ。距離も離れているし、船に引火もしないでしょ。『火の魔法 百ノ二首 聖財顕現 口縄ノ竈』」


 ヴルカンの背後に、竈が現れる。


 人の背丈ほどの大きさの竈。


 炎のように紅く、禍々しい。


「……ギッ……ガァアアアアアアアアアアアアアア!?」


 その竈を見た瞬間、滄妃龍:ブラウナフ・ロンは叫び声をあげ、反転した。


 ヴルカンに背を向けて……ヴルカンの背後に現れた竈から逃げるように。


「ああ、それはダメだよ、女王様」


 嘆くヴルカンの声を合図にするように、竈から、無数の縄が現れる。


 いや、無数の蛇が現れる。


 いやいや、それは、無数の細い炎のように見えた


 その細い炎が、滄妃龍:ブラウナフ・ロンの首に噛みつき、絡まり、絞めていく。


「ガァ!? ガァアアアアアアアアアアア!?? アアアアアアアアアアアアアア!?」


 細い炎はじわじわと滄妃龍:ブラウナフ・ロンの首を赤く染めた。


 同時に、痛みにもだえるように滄妃龍:ブラウナフ・ロンは暴れ、逃げるようにその顔を海に着け、そのまま潜り込んでいった。


 首にまとわりついた細い火を、消すつもりなのだろう。


「ああ、それもダメだよ。水で火を消そうだなんて。そもそも、それは火じゃないし」


 しかし、消えない。


 竈から現れた無数の火は、消えることなく滄妃龍:ブラウナフ・ロンの首を絡まったままだ。


「『口縄ノ竈』は、火であり、蛇であり、そして……毒であるモノを生成する。蛇は、水の中を泳げるからね。普通の火のようにはいかないし、それに、普通の火のような……痛みじゃない」


 滄妃龍:ブラウナフ・ロンの体が大きく跳ね上がる。


 首筋に走った強烈な痛みに体が反応したのだ。


「蛇のような火。火のような毒。毒のような蛇。ソレに噛まれ、燃やされ、侵されていく痛みはお兄さん自身も分からないんだけど……いや、痛そうだし、絶対に噛まれたくないよね。怖い怖い」


 ヴルカンは震え上がる。


「でも……噛まれたあとはどうなるのか。それはお兄さんよく知っているんだ。うん、たくさん見てきたから。どうなると思う?」


 海面に上がった滄妃龍:ブラウナフ・ロンの首は、赤黒く腫れ上がっていた。


 その腫れは徐々に大きく、大きく膨れていく。


「ギィ……イイイイイイ!?」


「締め付ける火、焦がす毒、溶かす蛇。そんなモノに首を締め付けられたら……燃やされたら……噛みつかれたら……」


 そして、その腫れは、滄妃龍:ブラウナフ・ロンの首は、限界を迎えた。




ボンッ





 と大きな風船が割れるような音と共に、滄妃龍:ブラウナフ・ロンの頭と胴体は、別れて落ちていく。


「ごめんね、女王様。せめて凄腕の解体師でもいれば、苦しまなくてもよかったのに」


 落ちる前に滄妃龍:ブラウナフ・ロンの頭を拾い上げたヴルカンは、彼女の頭に小さく頭を下げるのだった。



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