第92話 総務省警備部ビスティの仕事

「トンシュダットの港町まで、あと1日といった所か。問題はないか」


「はい。ビスティ部長」


 総務省警備部の部長であるビスティは、騎士である部下の一人と共に、船の甲板に出ていた。


 船は全部で4隻あり、その後方には、それらの船よりも大きな生き物が、網と縄で固定され、運ばれている。


 生き物の名前は、滄妃龍:ブラウナフ・ロン。


 ビスティ達が討伐した龍である。


 部下の返事を聞き、自分でも周囲に変化が無く、問題は発生していなさそうなことを確認すると、ビスティは紙を取り出す。


「ならば、そろそろ送るか」


 その紙にさらさらと文字を書いて、折りたたむと、赤い鳥の足にくくりつけて鳥を飛ばす。


「今のは……ヴルカン様へのお手紙ですか?」


「ああ。滄妃龍:ブラウナフ・ロンの討伐が完了したことをご報告したのだ」


「なぜ今頃? 滄妃龍:ブラウナフ・ロンを討伐したのは、3日ほど前ですが……」


 部下の疑問に、ビスティは少し笑いながら答える。


「報告にも種類がある。即座に送らなくてはいけないモノと、送る時期を見極めることが大切なモノだ。今回の報告は、後者だ。龍を討伐しましたと送った後に、何か問題が発生して、ヴルカン様にご心配をおかけするわけにはいかないだろ?実際、討伐後の輸送の準備で、予定よりも手こずったからな」


「そうですね。滄妃龍:ブラウナフ・ロンの死体を運ぶために縄をかけるのに1日。湖から船で運び出すのにまた1日。海洋にでれば4隻で運ぶことが出来るようになったので、早く進めるようになりましたが、それでも普段の半分ほどの速さでしか進めていません」


「あれだけの巨体を運ぶのだからな。想定外はいくらでも起こりうる。そのことを踏まえて、行動することが大切だ」


「なるほど、勉強になります」


 素直な部下の返事に、ビスティは満足げに頷く。


「それにしても、想定外といえば、滄妃龍:ブラウナフ・ロンを倒すのに、あんなに時間かかるとは思わなかったですね。あれだけの毒を使用したのに……倒すのに半日も攻撃を続けないといけないなんて」


 部下の言葉に、ビスティは少し呆れたように言う。


「馬鹿者。たった半日で龍を倒せたのだ。本来なら、十日以上は龍を倒すのにかかるのだぞ?」


「そうなのですか?」


「ああ、あの『龍さえも溶かす新型の毒』は、本当に素晴らしいモノだ。あれがなくては、滄妃龍:ブラウナフ・ロンには銛も槍も刺さらなかっただろうし、砲撃も効果はなかっただろう。我々も、騎士としての力をほとんど使わなかっただろう?」


 ビスティは、手の甲で淡く輝くドラゴンの爪と牙の紋章を見せる。


「それは、そうですね。ビスティ部長の槍の妙技をこの目で見ることができなかったのが残念でしたよ」


「ははは、また訓練の時にでも相手をしてやろう」


「お手柔らかにお願いします」


 高らかに笑うビスティ達の声が、海に広がっていく。


 そんな声を聞いているモノがいた。


(あと1日……か)


 倒されたはずの、滄妃龍:ブラウナフ・ロンである。


 彼女はまだ、生きていた。


 ヒトの攻撃によって、重傷を負っていたが、瀕死状態のまま縄で括られ、船で運ばれていたのである。


(毒は……流れている)


 3日間。


 2日は毒だらけの湖にいて、実質は1日だけだが、毒の無い海水に体は洗われ、彼女を蝕んでいた毒はほとんど消えていた。


(もう1日、このまま大人しくしていれば、出来るだろうな)


 何が。


 当然、決まっている。


(ヒトの町を滅ぼす。その程度のことは)


 龍は強者を好む。


 言い換えれば、戦いを好む。争いを、命のやりとりを好む。


 妊娠している期間は、滄妃龍:ブラウナフ・ロンから戦いを挑むことなどなかったのだが、ヒトが敵意を持って戦いを挑んだ以上、決着は決まっていた。


 どちらかの滅亡。


 今回、ヒトが群れで挑んできた以上、その群れそのものが、彼女の敵となっている。


 とはいえ、彼女は妊娠している。


 また、重傷を負っていた。


 あまり長い時間、ヒトの滅亡に力を使うわけにはいかない。


(一息、だけで許してやろう。こやつらが帰り着いた町一つ。こやつらの群れ一つ。それでいい。それがいい。それが終われば、残りの時間は大切に使おう。この子のために……)


 そのための力を確保するため、滄妃龍:ブラウナフ・ロンは大人しく連れられていく。


 4隻の船に引かれながら。


 弱きヒトに、連れられながら。


 その弱きヒトの町を、滅亡させるために。






「あれはなんだ!?」


 突然、船の乗組員が騒ぎ始めた。


 ビスティも騒ぎを聞いて、その騒ぎの元である上空を見上げる。


 すると、空から一匹の炎を纏った鳥が羽ばたいてきた。


「やっほー。お兄さんが来たよー」


 火の鳥に乗ってやってきたのは、竜臣ヴルカンである。


 ヴルカンは、火の鳥と共にビスティがいる甲板に降り立つ。


「こ、これはヴルカン様。どうしてこのような場に……」


「いや、龍を討伐したんでしょ? 一応、ラーヴァ様が指揮して倒したことにするんだから、お兄さんも来た方がいいかなーって。本当は、ラーヴァ様は南の島:ズバルバーにいるんだけど……ね。あ、これは東の島:オストンの領主くんたち」


「ぐげっ!?」


 火の鳥から振るい落とされるようにして、二人の男性が落ちてくる。


 東の島:オストンの領主であるシュウシュウとその息子アルスゥだ。


「あ……その、どうも」


 急に、それもどう見ても雑に扱われた東の島の領主たちに、ビスティはどう反応していいのか分からずにとりあえず頭を下げる。


 一方、ヴルカンは興味深げに船に引かれている滄妃龍:ブラウナフ・ロンを見ていた。


「それで、君たちが新型の毒液を使って討伐したっていう龍はどこにいるのかな?」


「え?ああ、申し訳ございません。波で見えにくいですよね。現在、滄妃龍:ブラウナフ・ロンは、この通り、縄と網を使って4隻の船で引っ張っております。ここからだと小さく思えるかもしれませんが、実際はこの船よりも大きな龍で、陸地にあげたときは、ヴルカン様でも驚かれるかもしれませんよ」


 ハハハと笑うビスティに、ヴルカンは微笑みながら言う。


「うん。だから、討伐された龍はどこかな、って聞いているの。あの龍は、まだ生きているよね?」


 ヴルカンの質問と同時に、船が大きく揺れた。

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