第87話 竜臣ヴルカンとオアザ その2

 お見舞いの品を受け取ったオアザを見て、アナトミアはムゥタンに聞く。


「……なんか、あの人ずっと無礼だと思うんですけど、王族にあんな態度がとれるくらい、竜臣って偉いんですか?」


「竜臣といえども、王族にあのような振る舞いは許されないですねぇ、普通は。あの人が我々にあのように接することが出来るのは……単純に、あの人が強いからですよぅ。物理的にも、権力的にも」


 ムゥタンが不服そうに答えた。


「権力は、言わなくても分かると思いますが、今王宮の権威が集中しようとしている第二王子の一番の臣下があの男です。下手に手を出せばこちらが処罰される可能性さえあります。それほどに、今のオアザ様と第二王子のラーヴァでは力が違います。まぁ、直近の問題は、あの男そのものの戦闘能力ですねぇ」


「物理的な強さってことですか……さっきのことで強いのはわかるんですけど、そんなに強いんですか? ここにはオアザ様の護衛も控えているはずですけど……」


「元魔法省魔法騎士局王宮騎士団の団長という肩書きは、他の省のお役人さんたちと違って、実力がモノをいう世界ですからねぇ。局長になると逆にコネが増えたり研究畑の人達が増えますが……話がズレましたね」


 ムゥタンは落ち着くように自分でお茶を入れると一口飲む。


「話を戻しますけど、単純に、あの人は今の私たちが全員で戦っても勝つことができないと思ってください」


「……それほどですか?」


「例えるなら、あそこに一匹の『龍』が座っていると思って下さいな。つまり、国家で対応する戦力です。まぁ、クリークスの装備とオアザ様の体調が万全なら話は違いましたけどねぇ。心配しないでください、アナトミアさん。オアザ様からアナトミアさんとそのご家族は、何があっても逃がすように言われています」


「……もしかして、私がここにいる理由はそれも、ですか?」


「半々、といったところですねぇ」


 何かが起きたとき、近くにいればその予兆をいち早く察知できる。


 逃げることが出来る。


「……逃げるようなことが起きるんですか?」


「起きないように、オアザ様は立ち回っていますが……それも結局は向こう次第。そういう男です……ヴルカンと第二王子のラーヴァは」


 ムゥタンは悔しそうに彼らの名前を口にした。





「お見舞いの品を渡したことだし、あとやることはあったかなぁ……何かあった気がするんだけどなぁ……」


 うーんうーんとヴルカンが顎に手を当てて考えている。


「ラーヴァの元に戻らなくていいのか?其方はラーヴァの臣下だろう?」


「ラーヴァ王子も、もう十八歳だからねぇ。お兄さんの子守が必要な年でもないのさ。それにとても優秀だし……あ、オアザ様が優秀じゃないなんていうつもりはないよ? パラディス殿下にお仕えするために、頑張っていたのをお兄さんはよく知っているとも。僕も同じ気持ちだったからね」


 ニコニコとヴルカンは話し続ける。


「あああ、パラディス殿下! 世界に広がる大樹のごとき知性と、武勇と、優しさをもった偉大なる王子!彼を王に、臣下として支える事が、僕の望みだった!……まぁ、もう死んじゃっているから支えることなんて出来ないんだけど、お兄さん、残念だよ。あ、これはラーヴァ王子には内緒ね」



 冗談冗談、と言いながら、ヴルカンはお茶を飲む。


 そんなヴルカンに、オアザは答えた。


「そうか。あのラーヴァの臣下がそのように慕っていたとは、パラディスも喜んでいるだろう」


 笑顔で、一切のゆがみもない、綺麗な笑顔で。


 机の下で、拳を握りしめながら、オアザは笑顔を崩さなかった。


「……なるほどね。成長しているようで。さて、お茶も飲んだことだし、お兄さんは帰るかな……」


 オアザの反応をつまらなそうに受け止めたヴルカンは席を立とうとして、思い出したように言う。


「あ、そういえば、さっきの女の子。あれ、誰なのかな?」


「……なんのことだ?」


「いやだなぁ、さっきの女の子だよ。お兄さんの道案内をしてくれていた女の子。黒い髪で綺麗な、さ。可愛いよねぇ、気に入ったから持って帰っても良い? 僕から殿下に献上しようと思うんだけど……」


「……ヴルカン」


 オアザの顔から、笑顔が消える。


 無表情でもない。


 ただ、明確に怒りが顔に出ていた。


「その口を閉じろ」


「……あれ? これは怒るんだ」


 オアザの明らかに変わった反応に、ヴルカンの笑顔がより深くなる。






(いや、怒るなよ。怒らせたらダメなんだよな!?)


 わかりやすく挑発に乗ったオアザにアナトミアが慌てていると、隣にいたムゥタンが小さな声でつぶやいた。


「殺し合いですか。上等ですよぅ」


「なんでムゥタンさんも乗っているんですか!? いや、あれは止めないとダメでしょう?」


「安心してください。アナトミアさんには指一本触れさせません。切り札の一つや二つ、用意してありますから」


 ムゥタンがガサゴソと懐から紙を取出す。


「く、クリークスさんは……」


 一縷の望みをかけて、オアザの隣で護衛として立っているクリークスにアナトミアは目を向ける。


 クリークスは、仕込み杖では無い、上質なドラゴンの鱗で装飾されている剣を鞘から抜こうとしていた。


 どう見ても臨戦態勢である。


(あああ!? 全員やる気だ。いや、勝てないんだろ!? 何しているの?)


 アナトミアの心配をよそに、ブチギレ状態のオアザとヴルカンの会話は続く。


「へぇー……女の子になんて興味を持ってなかったオアザ様が、ねぇ。面白い面白い」


「だから、なんだ?」


「いや、気が変わったよ」


 ヴルカンは、どかりと椅子に座りなおす。


「気が変わったというか、用事を思い出したよ」


 そして、笑顔になった。


「……用事?」


「うん。頼まれ事があってね」


 そのとき、応接室の扉から、声が聞こえてきた。


「オアザ様。東の島:オストンの領主、シュウシュウ・トンシュダット様とご子息のアルスゥ・トンシュダット様がお話したいことがあると、やってきております」


 オアザに対しての確認に、答えたのはヴルカンだった。


「ああ、通してもらえる? お兄さんの頼まれ事はそれだから」


 オアザは少し悩み、東の島:オストンの領主シュウシュウたちを応接室に連れてくるように命令するのだった。



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