第86話 竜臣ヴルカンとオアザ

「どうぞ」


「おお、お茶だ。緑茶だね。いや、東の島:オストンはやっぱり東の文化が強いよね。お兄さんは西の文化の方が好きだから、お茶も紅茶が好きなんだけど、緑茶もたまにはいい……あちゃぁああああああい!?」


 茶器に口を付けた瞬間、お茶をこぼす勢いで口を離して慌てているヴルカンをよそに、お茶を注いだムゥタンは足早に部屋を去っていく。


 今、ヴルカンとオアザは、社の近くにある応接間にやってきていた。


 オアザの隣には当然クリークスがいるが、ヴルカンは1人である。


 そして、その部屋の隣にある部屋には、ムゥタンとアナトミアが待機していた。



「……めちゃくちゃ熱がっていますね」


「猫舌ですからねぇ、あの人」


「猫舌……本当ですか?」


 アナトミアの質問に、ムゥタンは肩をすくめる。


「アナトミアさんの推察のとおり、あの人の言動は何一つ信用が出来ません。嘘も本当も、何もかも」


 ムゥタンの言葉に、アナトミアは眉を寄せる。


「嘘も本当も信用ができない……それは厄介ですね」


「ええ、嘘つきというわけではないですから」


 確実に嘘だけを言う人物がいたとしたら、対応は簡単だ。


 その人の言葉を全て信じなければいい。


 しかし、ヴルカンは違う。


「あの人は虚実を織り交ぜて話します。しかも、多くの嘘に紛れて致命的に重要な本当の事柄を混ぜたがるという悪癖を持っているんですよぅ。あの人にとって重要では無く、会話の相手にとって重要な事柄です」


「うへぇ……」


 考えるだけで性格が悪い。


「なので、どんなことでもいいので、気になったことは質問して、相談してください」


「それが、私がここにいる理由ですか」


 ちなみに、イェルタルは屋敷の方に戻ってもらっている。


 クリーガルと二人で、アナトミアの他の家族達を守ってもらうためだ。


 言い換えると、他のオアザの護衛達は、全員この応接室の近くに集まっていた。


「私なんかが役に立てる話ではない気もしますけど。私は、ドラゴンの解体師ですよ?」


 そんな諜報のようなマネ、アナトミアはしたことがない。

 

 しかし、アナトミアの返事に、ムゥタンは楽しそうに微笑む。


「ふふ、あの人をすぐに厄介だと判断しただけで、十分です」


 笑いながら、ムゥタンは視線をオアザ達がいる部屋の方に動かした。


 オアザとヴルカンの話が始まるようだ。





「さて……改めて、どうして其方がここにやってきたのか、聞かせてもらえないか?」


 オアザからの再度の質問に、ヴルカンはふぅふぅと緑茶に息をかけて冷ましながら、答える。


「だから、観光だよ、観光。トンリィンなんて聞いたことも無い神域が、東の神域でも一番大きな青龍の神域:トンロンと勝負して勝ったっていうんだから、行ってみたいと思わない?知っていると思うけど、お兄さんは観光が趣味だから、さ」


「以前話した時は、料理が趣味だと言っていたと記憶しているが? その前は植物を育てることだったか……」


「あれー?そうだっけ?」


 軽く緑茶に口をつけて、まだ熱かったのかすぐに口を離したヴルカンは、話を続ける。


「まぁ、観光も趣味なんだよ。今は特に温泉に興味があってね。ほら、お兄さん、最近腰が痛くてさ。腰痛には温泉が効くって……あ、お兄さんはまだ若いんだけどね。ところで、温泉って肝臓にも効くのかい? ドラゴンに寄生された肝臓にも」


 ヴルカンの質問に、オアザの眉が一瞬動いた。


「……さぁ、そんなこと聞いたことも無いが」


「そうなんだ? オアザ様がこんな所で療養しているって話だから、てっきり効果があると思っていたんだけど?」


「私がドラゴンに寄生されていたなど、誰から聞いた? それは、公にはしていない話のはずだ」


 その質問で、空気が一瞬にして冷める。


 それを感じ取ったのか、ヴルカンは楽しそうに言う。


「うん? お茶が熱いと思っていたら、なんだか涼しくなったね。良かった良かった」


「質問に答えよ」


「え? そんなの見たら分かるじゃん。何度か王宮で見かけたときにすぐに分かったよ。『あ、オアザ様ドラゴンに寄生されているー可哀想ー』ってさ」


 からからと笑いながらヴルカン答える。


「もしかして、寄生されていることを教えなかったの、怒っているの? でも、ご存じのとおりお兄さんはラーヴァ王子の臣下なわけで、気安くオアザ様に話しかけるなんて、恐れ多くてとてもとても……そもそも、医者じゃないしねー」


 ふざけた態度を見て、これ以上聞いても無駄だろうと、オアザは意識を変えるように小さく息を吐くと、ヴルカンに再度問う。


「そうか。それで、話を戻すが、今回其方がここに来たのは観光が目的ということでいいんだな?」


「ん? あ、もちろん、オアザ様のお見舞いもしたいと思い、このヴルカンお兄さんは馳せ参じましたよ? いや、ごめんごめん、勘違いさせて。これ、お見舞いの品」


 ヴルカンはどこからか、箱を取り出して机の上に置く。


「オアザ様の大好きな焼き菓子。食べて食べて」


「……ありがたく頂戴する」


 少し悩んだあと、オアザは大人しく見舞いの品を受け取った。



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