第85話 派手な服のおじさん(自称お兄さん)の正体
「んー……いきなり弓矢を向けられるなんて、お兄さん、ちょっとビックリだよ」
(ビックリはこっちだ。イェル兄も、私も、反応出来なかった。なんだこのおっさん。警戒はしていたけど、想像以上に……ヤバい!)
アナトミアの喉が鳴る。
その音を聞いたのか、派手な服を着たおじさんの笑みがより深くなった。
「こんなにビックリしたのは久しぶりだから……試してみようか」
瞬間。
アナトミアとイェルタルに、走った。
「火の魔法 百ノ二首 『聖財顕現……」
絶対的な、死の予感。
皮膚が溶け、肉が焼け、白骨化する自身の姿。
その光景。
(……斬り殺す!)
(……射殺す!)
もはや、生存本能による反射的な思考で、アナトミアは剣を抜き、イェルタルは矢を放とうとした。
その時間は、おそらく一秒にも満たない時間だっただろう。
しかし、それでも遅すぎた。
「……口縄ノ竈(くちなわのかまど)』」
空間が変わる。
熱によって汗が乾き、唇が割れる。
何かが現れる、その確かな予兆。
何かが現れる、それによって何が起きるのかアナトミアとイェルタルは文字通り肌で予感していた。
(……斬らないと!)
(溶かされる!)
その間際、周囲の変化が止まった。
「……そこまでです」
「おやおや、良いところだったのに」
派手な服のおじさんの喉元に、剣が向けられている。
向けているのは、オアザの護衛。
クリークスだった。
「『財』を使用するなど……こんな場所で、何を考えているのですか?」
「いやぁ、面白そうな子たちだから、遊んでみようと思ってさ。最近、遊べる相手が減ってね。ハバキリもシャイダーも海外にいっているし……もしかして、クリークスが相手をしてくれるのかい? いや、無理か」
派手な服のおじさんが、喉元に向けられているクリークスの剣先に触れる。
「こんなナマクラじゃ、せっかくの『颶風』もそよ風以下だ」
すぶすぶと、派手な服のおじさんの指がクリークスの持っている剣に沈んでいく。
いや、クリークスの剣が、溶けていた。
泥のように。
しかし、それでもクリークスは派手な服のおじさんに剣を向けるのをやめない。
「……んー、何かあるのかな?いや、誰か来るのかな?」
「そうだな。私が来たぞ」
派手な服のおじさんの声に応えるように現れたのは、オアザだった。
「アナトミアさん、大丈夫ですか」
そして、アナトミアの元へ、ムゥタンがやってくる。
ムゥタンはアナトミアの様子を見て、顔をゆがめた。
「……紅が剥がれていますね。火傷などはないようですが……」
ムゥタンは、安心したように大きく息を吐く。
よく見ると、ムゥタンの呼吸が少し荒い。
急いで来たのだろう。
一方、オアザに呼吸の乱れなどはとくに見えなかった。
急いで来なかった、というわけではないだろう。
(……大変だな、王族って)
正体不明の派手な服のおじさんの前で、オアザは堂々と立っている。
王族として、息を切らすような無様な真似を見せるわけにはいかないのだ。
たとえ、病み上がりでも。
微かに動くオアザの肺から、アナトミアは視線を移す。
その先には、現れたオアザとムゥタンを見て、嬉しそうに笑う派手な服のおじさんがいた。
「おや、オアザ様にムゥタン様。久しぶり。ということは、クリーガル様もいるのかな?いない? もしかして、迷子? 探しにいかないといけないんじゃない? ムゥタン様」
(……様? 確かに、オアザ様の護衛をしているくらいだから、ムゥタンさんも偉い立場の人なんだろうけど……)
派手な服を着たおじさんに敬称をつけて呼ばれたムゥタンは、無表情で……若干、嫌悪感を示しながら、返事をする。
「アナタに様と呼ばれる筋合いはないですねぇ」
「じゃあ、ムゥタンたん。クリーガルたんは? 大丈夫?」
ムゥタンはその質問を無視することに決めたようで、視線をアナトミアに戻すが、そんなムゥタンを見て、派手な服のおじさんは心底楽しそうにしている。
「あーあ。無視されちゃった、お兄さん悲しい……」
楽しそうに、泣き真似までしはじめた。
「……ムゥタンさん。あの人は誰なんですか?」
「あの人は、元魔法省魔法騎士局王宮騎士団の団長で、現在はこの国を守護する最高位の臣下……守護八十九頭竜臣 ヴルカンです」
「竜臣……」
アナトミアとて、聞いたことがある。
王の決定さえも覆せる、国の最高機関。88人の賢人達。『守護八十九頭竜臣』。
その1人が、この派手な服を着ているおじさん。
ヴルカンの正体。
「ちなみに、竜臣に任命したのは、第二王子のラーヴァです」
「それって、この前話していた、第一王子様を殺し……」
そこでアナトミアはあわてて口をつぐんだ。
第二王子の臣下の前で話すようなことではない。
「そうだよーん。お兄さんはラーヴァ王子の臣下だよーん」
しかし、そんなアナトミアが言いかけた言葉を聞いているのかいないのか、ヴルカンが、アナトミアとムゥタンに手を振る。
そのヴルカンの視線を戻すように、オアザがヴルカンに話しかけた。
「それで、そのラーヴァの臣下が何のようでここに来た? ヴルカン」
睨み付けるオアザに対して、ヴルカンは答える。
「え? ただの観光だよ」
そう言って、ヴルカンはヘラヘラと笑っていた。
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