第88話 東の島:オストンの領主達の願い

「失礼します。東の島:オストンの領主、シュウシュウ・トンシュダット様とご子息のアルスゥ・トンシュダット様をお連れしました」


 武装した男二人がシュウシュウ達を連れてくる。


 彼らは、普段はオアザ達が乗る馬車や竜車の御者をしている、タイバーとバーグンという。


 これまで、護衛という本当の立場を隠していた者達だ。


 今回、ヴルカンがやってきたことで戦力的に余裕がなくなったため、本来の立場で行動する必要がでてきた。


 このことだけで、今のオアザ達の現状がよく分かる。


 長々とした挨拶を終えて、シュウシュウとアルスゥがオアザの前で椅子に座ることなく膝をつく。


 オアザも、彼らに椅子に座るように許可を出すことなく、ヴルカンに質問した。


「それで、用事とはなんだ? ヴルカン? オストンの領主たちに何を頼まれた」


「それは、二人から聞いた方がいいでしょう。ね?」


「……話せ。何のようで事前の連絡もなくやってきた」


 恐る恐るといった様子で顔を上げたシュウシュウは、ぽつぽつと話し始める。


「突然、御前に現れましたこと、重ね重ねお詫び申し上げます。大海のような雄大さを持つオアザ様には……」


「そのようなことは良いから、要件だけを述べよ」


「……申し訳ございません。その……今回の件を許していただけないか、と」


「……今回の件とはなんだ? 何を許してほしいのだ?」


 シュウシュウが話す『今回の件』と『許してほしい事柄』は、該当する項目が多いうえに、内容によっては許せないこともある。


 オアザからの質問に、シュウシュウは口をまごまごとさせながら、答える。


「その……青龍の神域:トンロンを取り上げるのをおやめいただければ、と」


 ある意味、予想通りの答えに、オアザは呆れることもなく言う。


「却下だ。そもそも、青龍の神域:トンロンは正式な勝負のうえにトンリィンのモノとなり、私に譲渡されたモノだろう」


「しかし、あれは……」


「不正があった、と? ほう、どのような不正があったか、申してみよ」


「う……ぐぐ……」


 シュウシュウが唸る。


 その様子を見て、シュウシュウの隣にいた彼の息子であるアルスゥが口を開いた。


「我々が行ったことを含め、今回の狩竜祭の件。謝罪いたします。なので、青龍の神域:トンロンについては、なにとぞ、ご一考いただければ、と」


 シュウシュウたちが、青龍の神域:トンロンを取り返したいと考えていることは、オアザも当然承知している。


 おそらく、青龍の神域:トンロンをそのままイェルタルたちトンリィンが運営することになれば、彼らもここまで反発しなかったはずだ。


 しかし、青龍の神域:トンロンをオアザが管理、運営することになれば、それはすなわち王族に領地の一部を没収されたことと同義になる。


 そのようなことが広まれば、シュウシュウたちの権威はがた落ちするだろう。


「……狩竜祭のあとに、このトンリィンに賊がやってきてな。詳細に聞き取りしたあとに、近隣の村に引き渡したが、その詳細を聞きたいか?」


 オアザからの問いに、シュウシュウも、アルスゥもわかりやすく顔を青く変えた。


 彼らが青龍の神域:トンロンを取り返すために差し向けてきた賊に関して、オアザは公表していない。引き渡した村にも、ただの賊だと報告している。


 それはもちろん、シュウシュウ達の弱みを握り、言動を操るためだ。


(……さて、これで普通は収まるのだが……)


 案の定、オアザの隣にいる男が口を出してきた。


「あぁー、ダメだよダメ。お願いごとをするのに、そんなに自分の要望ばかりを言うのは」


 額に手をやり、あちゃーという男、ヴルカンは、大きなため息と共にシュウシュウに告げる。


「いいかい? お願いごとに大切なのは『誠意』だよ。真摯な『誠意』を見せて、それからお願い事をしないと、ね?」


 ヴルカンの言葉に、シュウシュウは明らかに狼狽し、アルスゥは覚悟を決めたように立ち上がる。


「ア……アルスゥ……」


「父上。ヴルカン様がおっしゃっているのです。まずは我々の『誠意』をお見せしましょう」


「しかし……」


「……例のモノを」


 アルスゥが命令すると、彼らの臣下の一人が、布に包まれた箱のようなモノを運んできた。


 その箱をアルスゥが受け取ると、丁寧に床に置く。


「……今回の狩竜祭の件。前後に発生した問題も含め、我らは反省し、謝罪いたします。その証として、是非こちらをお納めいただきたく存じます」


(……金か?)


 仮に、その箱の中身が金塊であっても、青龍の神域:オストンの運営権と比べると足りない。


 さらに、王族であるオアザに対する無礼への賠償金を含めると、まったく釣り合いにならないだろう。


(誠意を見せると言っておきながら……ん?)


 オアザは、水の魔法を応用することで、周囲にある水分を探知し、中身を知ることできる。


 そして、その探知に、目の前の箱が引っかかった。


 ゆえに、気づかれないように水の魔法で箱の中身を調べ……オアザは立ち上がる。


「……貴様っ!? 何を持ってきた!!」


「ひっ!?」


 突然立ち上がり、怒声をあげたオアザに、シュウシュウも、箱を開けようとしたアルスゥも縮こまる


 一方、ヴルカンは平然としていた。


「まぁまぁ、落ち着きなよ、オアザ様」


 平然と、箱の中身をオアザに告げる。


「それは、彼らの誠意の証。一番の臣下だったミンシュウくんだよ」


 アルスゥが開けようとした箱の中には壺がはいっており、その中身がチャプチャプと音を立てていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る