第70話 狩竜祭の開始

「これより、狩猟祭を開始する」


 やぐらの上で、東の島:オストンの領主シュウシュウが合図を出す。


 すると大きな銅鑼の音が境内に響き渡った。


 銅鑼の音に合わせるように、屈強な男達が悠々と歩き、境内から出ていく。


 彼らは、今回の狩竜祭でドラゴンを狩る役目を担った神官たちだ。


 先ほど祈祷の舞いを踊っていた見目麗しい神官達とは違い、鍛え上げられた肉体の神官たちに、落胆している平民の女性が何名かいた。


 というか、明らかに興味をなさそうにしているのは、青龍の神域:トンロンの神官長であるゲラングである。


(お前はしっかり声援を送れ! バカが! 何で狩竜祭が始まってもオアザ様に目を向けているんだ!)


 ゲラングに対して声を出してしまいそうになるのをこらえながら、シュウシュウはやぐらから下りて、オアザ達がいる見学席へ向かった。


 ちなみにゲラングはオアザに近づけないため、見学席に入れない。


 入れないのに、じっと何もせずにオアザの顔が見える位置に立っているのだ。


 危険は無いようだと放置されているが、ここまでゲラングが使い物にならなくなるとは、シュウシュウも予想外であった。


(ちっ。おかけでアイツらに指示を出すのも私の仕事だ。まぁ、事前に策の内容は話してるから、今からすることも多くはないだろうが……)


 なので、シュウシュウはオアザの元へ来ている。


「開始の挨拶、ご苦労だったな」


「いえ、本来ならばこの場で最も貴き方であるオアザ様にお言葉をいただけますと、狩りをする神官達も喜んだのでしょうが」


「今回、私は見学するだけだからな。そんな私がオストンの領主殿の仕事を奪うわけにはいかないだろう」


「そのようなこと……」


 ニコニコと笑いながら、シュウシュウはオアザの機嫌を伺った。


(少しでも機嫌を損ない、祭りの邪魔をされてはたまらないからな。あの美しい巫女達を我が家に迎え入れるために)


 今回の狩竜祭。


 始まってしまった以上、確実に青龍の神域:トンロンが勝利する。


 それだけの策を用意してきたのだ。


 あとは、オアザが邪魔さえしなければ問題無い。


「そういえば、少し気になったことがあったのだが……」


「はい、なんでございましょうか」


(……なんだ? まさか、トンリィンの巫女達を気に入ったとか言うんじゃないよな? 確か、女好きとかいう噂もあったはず)


 神秘的で美しい儀式を見せたシュウシュウの新しい妻となるトンリィンの巫女達を取られることを警戒していたシュウシュウだったが、オアザの質問はまったく違うモノだった。


「先ほど狩りに向かった神官達は、本当にトンロンの神官達なのか? どうも、他の神官達と様子が違うようだが?」


 オアザの質問に、シュウシュウは小さく息をのむ。


「も、もちろんでございます。彼らは今回の狩竜祭のために鍛えてきましたので、舞いをする神官とはいささか趣が異なっているようでして……」


 なるべく顔に出さないように、笑顔でシュウシュウは答えた。


 なぜなら、その答えは嘘だからだ。


 今回、青龍の神域:トンロンが狩竜祭の狩りに送り込んだ神官達は、日々トンロンで神官として生きている者ではない。


 シュウシュウが手配した、日々魔物を狩って生きている者。


 いわゆる冒険者だ。


(……感づかれた? いや、確かに見た目は違うから、ただ口にしただけか?)


「そうか。先ほどの神官達の中に、知っている顔がいたと思ってな」


「……え?」


「確か……ケェイニィだったか?北のクライショダ領で領民と共に狩りをしていたはず……魔法を扱える優秀な人物であったが、今は怪我をして、領地から離れていると聞いているが……」


 オアザの言葉に、シュウシュウは息が乱れないように必死に隠した。


 確かに、今回の策のために、冒険者のまとめ役と、ある魔法のために、貴族の男を一人雇っている。それがケェイニィだ。


 クライショダは貧しい領地で、領主一族が平民と一緒に協力して狩りをしなくてはいけないほどに困窮していた。


 そのため、クライショダの領主の三男であるケェイニィが今回の策に協力してくれることになったのである。


(クライショダなんて小さな領地の、跡取りでもない男まで把握しているのか?)


 焦りが顔に出ないように必死に取り繕いながら、シュウシュウはオアザに対応した。


「さようでございますか。私は北の領地とも親交がございますが……他人のそら似、というモノでございましょう。それよりも、オアザ様は天幕に戻らないのでしょうか? ここは見学のために用意した場所でございますが、神官達が狩りをして戻ってくるまでに時間がございます。よろしければ天幕にてお休みされては……」


「いや、まだいい。トンリィンの神官がそこにいるからな」


 オアザが境内を示すと、確かに、そこにはトンリィンの神官とその小姓が、境内の中心に立っていた。


(……何をしているんだ?)


 真面目に狩りをする気が無いのだろうか。


 彼らはただ、境内の中心で立っていて、動く気配がない。


(アイツらが勝つことは無いが、動かないとはどういうつもりだ? これでオアザの機嫌を損ねたらどうするのだ?)


「申し訳ございません。どうやらトンリィンの者達はやる気が無いようで……おい、早く狩りに行くように言って……」


「やめよ、必要ない」


 シュウシュウが近くにいた部下に注意させようとすると、オアザがそれを止める。


「しかし……」


「何か考えがあるのだろう。それよりも一つ言っておくことがある」


「はい、なんでしょう」


「王族に対する私欲からの虚偽は、罪だ」


 ひっと、シュウシュウの口からはっきりと息が漏れた。


「あ……それは、ど、どういう……」


「お前は自分の天幕に戻ると良い。私はここで、彼らを見ている。トンリィンの神官達の、本物の狩りを」


 オアザの護衛達から促されて、シュウシュウは自分たちに用意された天幕に戻る。


 その顔は、真っ青になっていた。





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