第71話 青龍の神域:トンロンの神官たちの狩り

「……顔を隠せ?」


「はい。領主様からのご命令です」


「そうか。わかった」


 伝言を伝えに来た神官が、足早に去って行く。


 彼を見送りながら、伝言と共に渡された布で、北の領地、クライショダの領主の三男であるケェイニィは口元を覆った。


「まったく、なんでこんなことをしなくてはならないのか……」


 彼の後ろでは、同じクライショダから来た冒険者達が、神官の服を着て地面を掘っていた。


「まぁまぁ、お坊ちゃん。これだけで金が手に入るんですから、文句はやめましょうや」


「そうそう。神官の服を着て、地面に埋めているドラゴンの死体を掘り起こす。それだけでの仕事なんですから」


 冒険者の男の言うとおり、彼らが掘っている地面から、ドラゴンの体が半分ほど出てきていた。


 ドラゴンの種類は、カーセ・ドラゴン。


 珍しいドラゴンでは無いが、一日だけ行われる祭りで狩れば、勝利は確実なモノになるほどには大きく強いドラゴンだ。


「しかし、な。これは卑怯じゃないか? この祭りは、ドラゴンを狩る祭りなのだろう? それなのに、事前にドラゴンの死体を埋めておくなど……」


「ははは。そりゃ卑怯でしょうけど、俺たちに文句を言う資格は無いでしょう。だって、お金が無いんですから」


 その言葉に、ケェイニィはぎゅっと目を閉じた。


「すまないな。私がしっかりしていないからお前達にこんなことをさせて……」


「いいんですよ。その膝の怪我は、私たち領民を守るために出来た傷なんですから。これくらいはさせてください」


「そうですよ。その膝の怪我さえなかったら、ケェイニィ様が領主になられても不思議じゃなかったんですから」


 ケェイニィの膝には、ドラゴンの爪が刺さって出来た傷がある。


 ケェイニィからすれば、この傷は名誉の負傷なのだが、領民達……特に、共に危険な魔獣を倒してきた冒険者たちには、気にする者が多かった。


「いや、私が跡を継ぐことはなかっただろう。兄上たちは優秀だ。しっかりと、第一王子様の意思を守っていらっしゃる」


「そうですかねぇ。ケェイニィ様なら大丈夫だと思いますけど……ああ、でも、都で仕事が出来なかった話は、ちょっと情けないと思いましたね」


「んぐ!?」


 触れられたくない最近の失態に、ケェイニィは何も言えなくなってしまう。


 そんなケェイニィをよそに、冒険者たちの話は弾んでいく。


「馬鹿野郎!それだけドラゴンの解体は難しいってことなんだよ。俺たちだって、ドラゴンの死体を切ったことはないだろ?」


「でも、そんなに難しいのか? ほら、ここみろよ。ちょっと腐ってないか? 鱗がはげている。なんか虫も入り込んでいるし、切れないなんてことがあるのか?」


「それと解体は別だって話だ。実際、俺たちが散々この鉄で出来た鋤を突き立てても、このドラゴンの体に傷一つないじゃないか」


「へー本当だ。不思議だな」


 冒険者の男性が確かめるように鋤をカーセ・ドラゴンに突き立てるが、鉄で出来た鋤は弾かれるだけだった。


「馬鹿野郎!!変な事をするな!」


「おお、本当に堅いな。カーセ・ドラゴンは狩った事があるけど、この手応えは生きている時より全然堅い。こんなに時間が経ったドラゴンの死体なんて触る機会がないからな。はは、面白い」


 地面に三分の一ほど埋まっているドラゴンの死体を興味深げに見ながら、冒険者たちがわいわいとしゃべり、作業を進めている。


 その光景に、何の気負いも無く、またケェイニィを責めるような雰囲気もない。


 それが嬉しくて、ケェイニィはこぼれそうになる涙をぐっとこらえた。


「……ふぅ。さて、カーセ・ドラゴンの死体は全部で5体あるんだ。お前達はそろそろ次の場所に行ってくれ」


「いいんですかい?」


「ああ。これからする作業もあるしな」


 ケェイニィが、手のひらを上に向ける。


 すると、ケェイニィの手のひらの上で、風が回り始めた。


「おお!ケェイニィ様の魔法だ!」


「馬鹿野郎!離れろ離れろ」


「はは!わかっているよ!」


「風の魔法 十一首『洗風』」


 強烈な風は、カーセ・ドラゴンの体についた土を吹き飛ばし、その体の全てを露出させた。


 続けて、ケェイニィが矢筒を取出すと、十数本の矢を空中に放り投げる。


「風の魔法 三十三首『飛風』」


 強烈な風に乗って、矢がカーセ・ドラゴンの死体に向かって飛んでいく。


「……ふぅ。あれだけの矢を放っても、刺さったのは三本だけ、か」


 ちょうど、腐りかけて柔らかくなった部位があったのだろう。


 青龍の神域:トンロンの印である青龍の焼き印がついた矢が、カーセ・ドラゴンの死体に刺さっていた。


「……私は少し休んでからいく」


 ケェイニィは、ゆっくりとその場に座り込んだ。


「三十番台の魔法は、流石に疲れるな」


「大丈夫ですか?」


「ああ、休めば大丈夫だ。だから、その間にドラゴンの死体を掘り出しておいてくれ」


「はい!」


 魔法を使い、額に汗を流しながら地面に座り込んだケェイニィを気にしながらも、冒険者達は次のドラゴンが埋められている場所へ向かう。


「……さて、あと4体か」


 空を見上げると、雲一つ無い空が広がっている。


 遠くに見えるのは、鳥だろうか。


 何匹も、ぐるぐると空を飛んでいる。


「……鳥になれたなら」


 そうすれば、このような仕事をしなくてもよかっただろう。


 東の島のオストンの領主が、巫女の血を自分たちの家系に入れるために、青龍の神域:トンロンと協力して、小さな神域を潰すための卑怯な策の手伝いなど。


「まぁ、しょうがない、か。私は鳥のように空を飛べるほど、魔法の才も無かったのだ」


 だから、生きるしか無い。


 地面に這う虫のように。


 ケェイニィは、痛む膝を庇うように立ち上がり、次のドラゴンの死体が埋まっている場所へ向かった。



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