第68話 神秘的な儀式
見目麗しい少年達が、煌びやかな衣装を纏い、踊る。
少年神官達の磨かれた美しさに、集まっていた平民の女子達が、黄色い声をあげていた。
青龍の神域:トンロンの年若い神官達による祈祷の舞い。
これから行われる狩竜祭において、狩猟の安全と成功を祈願する、そんな神職による祈り。
その祈りを、東の島オストンの領主、シュウシュウとアルスゥは冷めた目で見ていた。
「下らん……神官が芸妓のように踊る姿を見て何が楽しいのだ?」
「父上、これはトンロンの神事なのですから、もう少し小さな声で……」
「わかっている」
トンロンの祈祷の舞いが終わると、すぐにシュウシュウは、見学席のなかで最も身分が高い者が座る場所に……本来ならば、領主である自分自身が座るべきはずの場所にいる男性の元へ向かう。
「いかがでしたかな? 青龍の神域:トンロンの神官たちによる祈祷の舞いは? 西方の踊りの技術を参考にしているようです。とても美しかったでしょう」
シュウシュウがわざわざ話しかけに来たのに、王宮から逃げ出した王弟のオアザは、笑みも浮かべずに淡々と答える。
「美しい、か。確かによく鍛えたのだろうとは思う」
「そうでしょう。そうでしょう。彼らも、オアザ様に自分たちの踊りを見てもらえて光栄でしょう」
なぜか、常にオアザの側にいる青龍の神域の神官長ゲラングは、オアザに笑顔で話しかけてきた。
シュウシュウが見ても気味の悪い笑顔をしているゲラングに、オアザは不快な顔を隠そうともしない。
そのため、すぐにオアザの警護をしている壮年の男性がゲラングの前に立つ。
「これ以上近づくのはやめていただきたい。次は、その腕が無くなるかもしれませんよ?」
男性に注意されて、ゲラングは気味の悪い笑みを消して、後ろに下がる。
「申し訳ございません。私は神官達を我が子のように愛しているもので、つい興奮してしまい……」
(何が我が子だ。これ以上、オアザ様の心証を悪くするな)
今、シュウシュウ達はなるべくゲラングと会話をしないようにしている。
今回の計画ではゲラング達、つまり、青龍の神域:トンロンに協力しているシュウシュウだが、このとおりゲラングはオアザに夢中で役に立たないどころか、あきらかにオアザに警戒されているからだ。
(協力している以上、トンロンの心証を良くしようと思ったが、これは我々のことだけを考えた方がいいか?いや、これからトンリィンを消すのだ。トンリィンのような神域よりも、トンロンの方が優れていると印象づけることは必要か……)
シュウシュウが悩みながらも、笑顔は絶やさずにオアザに話しかける。
「我が子のようにとは。トンロンは100名近い神官がいるにもかかわらず、なんと愛の深い。さすがは青龍の神域を治める者。そうは思いませんか? オアザ様」
シュウシュウの言葉に、オアザは冷めた目のまま変わらずに答える。
「下の者にまで気を遣うのは良いことだと思うが……しかし、何か勘違いしていないか?」
「勘違い、でございますか?」
「ああ、先ほどから、踊りや愛などと言っているが……神域を治める者に必要なことはそんなモノではない」
「というと?」
「わからぬか? 神秘だ」
「では、続いて、トンリィンの巫女による神事。祈祷の儀式です」
オアザから席に戻るように言われ、シュウシュウは自分の椅子に戻る。
(なんだ、今のは……)
領主である自らが機嫌を取りにいったというのに、笑顔の一つも見せない負け犬の王弟に、シュウシュウは苛立ちを隠せなかった。
「父上、そろそろ始まりますよ」
「ああ、始まるといっても、トンリィンの巫女の祈祷だろう? 田舎の巫女の祈祷など、真面目に見る価値も無い。まったく、合同の祭りだからといって、なんでトンリィンの祈祷までする必要があるのか……」
シュウシュウは、果実水を飲む。
本当は、酒を飲みたいところだが、オアザがいる前で粗相があってはダメだと、急遽飲み物を変えさせたのだ。
「そうですね。一応、この祭りが終われば側室として迎える者ですが、所詮はトンリィンの……」
アルスゥが急に口を閉ざした。
「どうした?」
シュウシュウがアルスゥの方に目を向けると、なぜか呆けたような顔をしている。
「……何が」
アルスゥが何を見ているのか確認しようと、シュウシュウが視線を移す。
境内の広場。
さきほど、トンロンの神官達が踊っていた場所を見て、シュウシュウは持っていた果実水の入っていた杯を落とした。
そこにいたのは、まさしく神秘だったからだ。
極東の巫女服を着たトンリィンの巫女達。
彼女たちが、幾重にも連なった黄金の鈴を鳴らす
荘厳な音が青龍の神域:トンロンに響き渡る。
鈴の後にあるのは、静寂。
誰も声を出すことが出来なかった。
息を呑む音さえ、出すことができなかった。
その静寂さによって、ようやく許可を出したように、巫女達は再び鈴を鳴らす。
トンロンの境内にある汚れを払うように。
トンロンの神域を清めるように。
その鈴の音の一つ一つが、体の中にしみこむように入っていき、その場にいる者に己を浄化するような感覚を与えていく。
そして、ようやく場を清めることが出来たのか、巫女達は鈴を置いた。
すると、奥の方から、美しい顔をした小姓がやってくる。
小姓は、袋に手を入れると、その中から、明らかに袋よりも大きな骨を取り出した。
その骨が何か、その場にいた全員がすぐに理解した。
ドラゴンの骨、しかも頭蓋骨だ。
かなり大きい。
そのドラゴンの頭蓋骨の両目に、巫女達は見事な刀身の剣を刺していく。
ドラゴンの両目から煙が出てきた。
おそらく、刀身はいつの間にか熱してあったのだろう。
ドラゴンの骨から煙をあげさせるほどの高熱を前にしても、巫女達は静かな微笑みを絶えさせない。
ただ、ゆっくりと、刀身をドラゴンの頭蓋骨の両目に埋めていく。
ゆっくり、ゆっくり、まさしく、祈るように。
願うように。
伺うように。
すると、ドラゴンの頭蓋骨が真っ二つに割れた。
そして、煙が一直線に空に向かって伸びていく。
その割れたドラゴンの頭蓋骨と煙を見て、二人の巫女のうち、最も中心的な役目だと思われる者が煙のように空に向けて手の先を伸ばした。
「此度の祭り、もっとも優れたドラゴンは、天より現れるであろう」
それは、紛れもなく予知だ。
巫女による祈祷。
卜占の結果を告げている。
ただ、踊り、平民達を湧かせていた青龍の神域:トンロンの神官達とは全く違う。
本物の神職による祈祷の儀式。
その光景は、神秘そのものであった。
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