第67話 天幕の中の東の島オストンの領主達
「間もなく、狩竜祭の開会式を行います」
神官が、やぐらの上で司会進行をしている。
青龍の神域:トンロンの神官達は、皆見目麗しい者が多く、司会進行している神官に、集まってきた平民達は目を奪われていた。
一方、神官が狩竜祭の説明などをしている間、青龍の神域:トンロンの社の近くに用意された天幕の中で、頭を抱えている男性たちがいた。
「これは、どういうことだ?」
「申し訳ございません。このようなことになるとは」
男達は、東の島トンロンの領主であるシュウシュウ・トンシュダット達である。
「なぜ、オアザ様がこのような祭りに来るのだ! こんな田舎の神域に!」
「恐れ入りますが、この件は情報があまりに少なく……今、部下に調べさせています」
ミンシュウが頭を下げたまま、声を震わせている。
「そもそも、お前がオアザ様の書状を私に見せないからこのようなことになるのだ! 四日もあれば、事前にご挨拶に向かうことも出来たのだぞ!」
シュウシュウは近くにあった杯を、その中身ごとミンシュウにぶつける。
果実の皮を浮かべていた冷水が、ミンシュウの顔を汚した。
「申し訳ございません」
水をかけられても、ミンシュウは謝ることしか出来なかった。
確かに、狩竜祭の話し合いの帰りに見せられた書状をトンロンの神官長ゲラングと一緒に見て、下らない罠だと笑ったのだ。
「あの書状には名前を記されておらず、今回の狩竜祭でトンリィンの者達が仕掛けてきたこちらを混乱させるための策の一つだと思い……」
「馬鹿者が! それで、この始末か! なんとか許してもらえたが、不敬罪でその場で首をはねられていても不思議ではなかったのだぞ!」
「父上。落ち着いてください。ミンシュウを叱責するよりも、まずは情報が先です。なぜオアザ様がこのような田舎の狩竜祭に来ているのか、それが重要ではないですか」
「……それもそうだな」
息子であるアルスゥからの言葉に、シュウシュウは落ち着くために息を吐く。
実際、アルスゥの言うとおり、シュウシュウ達は、謝罪することでなんとか天幕に無断で入ってきたことを許してもらえたが、逆に言えばそれしかすることが出来なかったのだ。
満足に情報を得られないまま、その場を去ることしか出来なかったのである。
(オアザ様の情報……何かなかったか?)
シュウシュウは、オアザについて役に立つ情報がないか思い返す。
「まずは……そうですね。ミンシュウ、オアザ様の横に男が座っていたが、あれはもしかしてトンリィンの神官か?」
アルスゥはオアザに謝罪していたときの様子を思い出す。
「は……はい。狩竜祭の話し合いの際に同席していた礼儀知らずの男です。名前は……イェルタルだったかと」
「トンリィンの神官の名前など、どうでもいい。しかし、どういうことだ? なぜ、トンリィンの神官がオアザ様の隣に?」
「もしかしたら……オアザ様は今回の件でトンリィンに協力をしている?」
「バカな! オアザ様は青龍の守護者だぞ? 青龍の神域:トンロンの協力をするのならまだしも、なぜトンリィンなぞに……」
「しかし、トンロンの神官長が我々と同様、頭を下げていたのに、トンリィンの神官はオアザ様と同じ場所に座っていました」
シュウシュウもオアザに謝罪していた状況を思い出し、顔を険しくする。
「それに、オアザ様の書状は、トンリィンの神官から渡されたのだろう?」
「はい」
「ならば、父上。今回の件、中止を検討した方が良いかもしれません。オアザ様がトンリィンに協力しているならば、我々も……」
アルスゥの意見も、もっともだろう。
ただでさえ、いきなり不興を買ってしまったのだ。
これ以上、王族を刺激しないほうがいい。
「……いや、その必要は無い」
だが、シュウシュウの答えは違った。
「父上!? トンリィンの巫女など、どうでもいいでしょう? それよりも……」
「巫女などのことではない。今回の狩りの内容は覚えているか? 今から中止になど簡単にはできない。すでに準備は終えているのだぞ?」
シュウシュウの言葉に、アルスゥも思い出したように口を閉ざす。
「まぁ、祭りそのものを中止する方法もなくはない。策だけを中止するにしても、上手く立ち回れば困るのはトンロンだけだが……」
シュウシュウは、何かを思い出すように目を閉じる。
「確か、オアザ様は今、病気で療養中……というのは建前で、第二王子のラーヴァ様に後継者争いで負けて王宮から逃げている最中だという噂があったはず」
「それがどうしたのですか? 都の後継者争いに我々は関与していないはず……」
「そこは重要なことではない。重要なのは、今のオアザ様には、寄るべき場所が無いのでは、ということだ」
アルスゥは、何かに思い至ったように表情を明るくする。
「どのような関係がトンリィンとの間にあるのか分からないが、そのトンリィンが無くなれば、次にオアザ様が頼るべき相手は、誰だ?」
「オストンを治める我々しかいないでしょう。トンリィンのようなよそ者の神域を頼っているのですから。つまり、このまま計画通りに進めてしまえば……」
「何も問題なく、王族を庇護するという立場を得られるというわけだ」
シュウシュウとアルスゥはにやりと笑い合う。
「後継者争いに関与しないが、ラーヴァ様がオアザ様の身柄を求めれば素直に渡せばいいだけのこと」
「どちらにしても、損は無いですね。しかし、気になる点はオアザ様がトンロンを頼らなかった事。青龍の守護者であるならば、青龍の神域をまずは訪ねると思うのですが……」
「知らないのか? トンロンの神官長の悪癖を。領内の孤児で該当する者を良く求めているのだ、アレは。オアザ様は水の精に讃えられるほどの美貌の持ち主だ。病で少々、陰りが出ていたが、それでも警戒はするだろう」
「……ああ、そのような話もありましたね。では、神官長がオアザ様に頭を下げていたのも、別の見方ができますね」
見たかったのだろう、単純に、オアザの姿を。
二人が話していると、ミンシュウの元に木札を持ってきた者がいた。
その内容を確認すると、ミンシュウはすぐにシュウシュウ達に報告する。
「シュウシュウ様の想定通りのようです。オアザ様は、どうやらトングァンの町でも邪険に扱われて、しかたなくトンリィンの神域にいるようです。6日前に、トングァンの町長と対立したという情報があります」
「そういえば、都から我々の港を使わせて欲しいという要望があったな。後継者争いに敗れたとはいえ、王族と問題が発生した町の港は使えないか」
シュウシュウは、笑みを深める。
「……では、このまま進めましょう」
「ああ、オアザ様の機嫌はとるようにな。今日の祭りが終われば、我々がオアザ様をお守りしなくてはいけないのだから……」
「田舎の神域に身を寄せるくらいですから、同じような扱いでいいでしょう」
「まぁ、そうだな……」
笑いながら、シュウシュウとアルスゥは席を立つ。
主の機嫌が戻ったことにほっとしながら、ミンシュウは見苦しくないように手早く顔を拭き、身なりを整えて二人の元へ向かうのだった。
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