第60話 アナトミアの実家で報告会

「いやぁ、あれは化け物ですねぇ」


「なんだ、それは」


 領主の屋敷のようなアナトミアの実家。


 そこで借りている10ある部屋の一室に、オアザとムゥタン、クリークスがそろって情報の共有をしていた。


「アナトミアのお兄さん。イェルタルさんの評価ですよぅ」


「ああ、ドラゴンの解体師殿の部屋に来たんだったな。しかし化け物とは……」


「扉を開けられたんですよぅ、私がいたのに」


 ムゥタンのその報告だけで、オアザの表情が険しくなる。


「しかも、呼び鈴を鳴らされて。呼び鈴には反応もできませんでしたぁ」


「……なるほど」


 ムゥタンの主な仕事は情報収集、つまりは諜報活動だが、侍女のような事も出来るし、護衛も出来る。


 あらゆる面において万能であり、その能力が高い。


 それがムゥタンという少女だ。


 ゆえに、ムゥタンが侍女として動くと、彼女の場合、部屋に来訪者が来れば、呼び鈴を鳴らす前に扉を開けることなど造作も無いことなのだ。


「会話も聞かれていたようですねぇ。聞き耳を立てている人の気配なんてなかったのですが……耳が良いのか、気配を消すのが恐ろしいほどに上手いのか。それとも、その両方か。アナトミアさんが天才と評する人だけはありますね。正直、底が見えません」


 ムゥタンは、肩を落とす。


 実際、イェルタルに扉を開けられた時は、かなり動揺していた。


 咄嗟に隠していた武器で攻撃しようとしてしまうほどに。


 それをクリーガルに見抜かれたのか、彼女が代わりにイェルタルの相手をしてくれたことで、ムゥタンはかなり助かっていたのである。


「くせ者揃いだな、この家は」


 ムゥタンの報告を聞いて、オアザは苦笑した。


「オアザ様は、アナトミアさんのお姉さんたちとお話をしていたとか。どうやら、面白かったようですねぇ」


 アナトミア達が食事を終えたあともオアザはその場に残り、シュヴァミアとゼクレタルの歓待を受けていた。


「まぁな。金銭欲と自己顕示欲がそれぞれ10の目でこちらに近づいてきてな」


 オアザは王弟であり、その立場と美貌から様々な女性が近づいてきていた。


 大半は、物欲と権力欲と色欲がそれぞれ混ざったような目をしているのだが、なかには純粋に物欲や権力欲だけの者もいて、そういう相手と話すのはオアザは別に嫌いではなかった。


「色欲がない分、話す内容も立ち合いに近くなる。ドラゴンの解体師殿の姉君から感じる、もっと稼ぎたいという暗闇のような乾きと、妹君の認められたいという業火のような焦燥は、興味深いモノであった」


「でも、それだけではないですよね?」


 それだけでオアザはここまで面白そうに話さない。


「ああ、しばらくは普通に会話をしていたのだが、ドラゴンの解体師殿の話題になった瞬間、二人の目が変わったのだ」


 オアザは、思わず笑みを深くする。


「あの目は、家族を守る者の目だった。妹を、姉を、不幸にさせないと探るような、戦うような、強い意志を込めた目。あのような目で見られたことは、これまでなかったな」


 それまでは、主にナフィンダとゼクレタルが作った道具の商談だったのだが、それからは、アナトミアがオアザと共に行動するようになってからの話題になった。


「それで、どうだったんですか?」


 ある意味を込めたムゥタンの質問に、オアザは笑みをやめて真剣な顔になる。


「……いや、それが、その……」


 そして、ごにょごにょと言いよどみ始めた。


「あの話題をしなかったんですかぁ? なんのためにアナトミアさんのご家族さんの家に来たと思っているんですぅ?」


「しょうがないだろ。その話題になる前に、ドラゴンの解体師殿の姉君に相談をされたんだから!」


「相談、ですかぁ?」


「ああ……事前に聞かされていた例の件だ。まさか本当だったとはな」


 オアザが言っているシュヴァミアからの相談とは、ムゥタンが事前に入手していた情報からオアザには報告し、先ほどアナトミアと一緒に聞いたあの話のことだろう。


「オアザ様も相談されたんですねぇ。シュヴァミアさんとゼクレタルさんが、この東の島オストンを治める領主トンシュダット家に側室として嫁ぐという話」


「そちらも話があったのか?」


「ええ、アナトミアさんのお兄さんから。その様子だと、本人達も嫌がっているようですねぇ」


「ああ、そもそも、彼女たちは神域:トンリィンの巫女だ。通常は巫女を娶るなどできないのだがな。巫女を辞めることになるから問題ないと言われたそうだ」


「青龍の神域:トンロンの神官たちが、領主と結託してトンリィンを狙っているという話も、事実ですか」


「そのようだ。巫女が狙いか土地が狙いか、金銭が狙いか、その全てか……まったく、頭が痛い話だ」


 神域同士の争いを、その土地の領主が諫めるではなく介入している。


 そんな情報を最初に聞いたときは、あり得ないと笑ってしまったほどだ。


「巫女の血を迎え入れたい程に権威と魔力が落ちているのか……確か、元領主も同じ事をしようとしていたな」


「アナトミアさんの幼なじみの事ですねぇ」 


 オアザの顔が、一瞬険しくなる。


「……ボンツとかいう若者のことだ。しかし、青龍の神域に、現領主か」


 病気で療養中ではあるが、オアザは今も青龍という東方の守りの役職に就いている。


 ゆえに、この話は無関係ではない。


「それで、どうするんですぅ?」


 ムゥタンからの質問の答えは決まっている。


「無論、青龍の守護者として、東の安寧を守らねばなるまい」


 オアザの目は、やる気に満ちていた。

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