第61話 倉庫の中身

「この神域:トンリィンでは、遙か昔に極東の国で暴れていた八つ首の龍、その首の一つを封じ、守ってきました」


 まだ朝露が残る参道を歩きながら、イェルタルがトンリィンの歴史を語る。


 その説明を聞いているのは、オアザとアナトミア、クリークスとクリーガルだ。


(なんで私まで聞かないといけないんだ?)


 当然だが、イェルタルが話している内容は、アナトミアもよく知っている。


 なので、別にアナトミアがついてくる必要も無いのだが。


(まぁ、でも……オアザ様の協力を得るために手伝ってほしいと言われると、断れないよなぁ)


 昨日、イェルタルから聞かされた内容を思い出す。


 オストンを治める領主、トンシュダット家とアナトミアの姉と妹であるシュヴァミアとゼクレタルとの婚姻。


 それはアナトミアは初耳であったが、詳細を聞くと怒りがこみ上げてしまった。


(シュヴァ姉とゼクレタルを側室として召上げる。このトンリィンの土地と財産を没収して。そして、トンリィンは、近くの神域のトンロンの神官達が治める……か)


 思い出しても腹が立つ。


 領主だ、貴族だ、と立派なご身分の方なのかもしれないが、あまりにも人を馬鹿にしている話だ。


(ムゥタンさんの話だと、貴族の血が薄まっているとか何とか……薄まっているなら、なんで巫女と結婚なんてするんだよって話だけど……)


 貴族の血。


 それは、端的に言えば、魔法を扱えるかどうか、という話になる。


 魔法は、神獣や霊獣と呼ばれるような高位の獣の因子を持つ者達が扱えると言われている。


 そして、巫女や神官は、そういった神獣や霊獣に奉仕する者達だ。


 ゆえに、魔法が扱えない貴族と巫女や神官などの神職との間に子供が出来ると、貴族の血が復活すると……つまり、また魔法を扱える貴族の子供が生まれると、そんな迷信が、高貴な人々の間にはあるそうだ。


(……ボンツも、もしかしたらそうだったのかな)


 ボンツは魔法を扱えたが、その父も、祖父も、魔法は使えなかった。


 貴族として、血が薄まっていると言われている状態だったのだ。


 ゆえに、ボンツは神職の者と婚姻するように言われていたのだろう。


 より強固に、魔法を扱える貴族の血を守るために。


(それで、なんで私が犠牲になろうとしていたのか……私は巫女じゃ無いのに)


 一応、神に捧げる供物や占いに使う動物を狩っていたため、広義でいえばアナトミアも神職ではある。


 しかし、やっていたことは完全に狩人だ。


 貴族の血を守りたいなら……本当にそんなことで守れるのかは分からないが、巫女であるシュヴァミアやゼクレタルの方がふさわしいだろう。


(……ムゥタンさんが言うには、完全に意味のない行為とはいえないんだったか?血を濃くしようとして近親婚を繰り返すと体が弱くなる。そこに外部の血が入るから強い子供が生まれる)


 つまり、巫女でなくても近親者以外と子供を作れば解決する話なのだ。


(そこに巫女を選んだのはただの理由付け……つまり、誰でも良かったのか……ま、ボンツのことは今はいいか。それよりも、巫女の姉ちゃんたちを狙っている今の領主、か)


 アナトミアは前を見る。


 参道を抜けた先には、立派な建物があった。


 屋敷よりも小さく、飾りもほとんどないが、頑強そうな見た目である。


 イェルタルはその建物の前に立つと、姿勢を正した。


「これまでに話したように、我々は遙か東の地……外国から来た龍の一部を封じる者でございます。ゆえに、軽んじられる事も多く、疎ましいとさえ思われているのです」


 そして、オアザの前に来ると、地面に膝をつき、頭を下げた。


「……何をしている?」


「ご存じかとは存じますが、私の大切な家族が、オストンを治める領主、トンシュダット家に側室として召上げられそうになっております。それが、両者が思い合うような愛情の形であるならば、喜んで送り出しましょう。しかし、今回は違います。ただ、金とこの神域と、奉仕していた者を貪り尽くすためだけの婚姻です。どうか、我々をお守りいただけないでしょうか。家族を守れるならば、この倉庫に眠る宝を、献上いたしますので……」


「……宝?」



 オアザは訝しげに頑強そうな建物、倉庫を見る。


「はい。これまでに私が集めたモノでございます」


 イェルタルは、ゆっくりと頭を上げると、倉庫の扉の前に立つ。


「世事に疎い私ではございますが、それでも、これが価値あるモノであると知っています」


「……これは」


 倉庫の扉が開くと、クリークスが声を上げていた。


 倉庫の中には、色とりどりのドラゴンの鱗や皮、様々な大きさの骨や牙が並んでいたからだ。


 宝石のようなドラゴンの鱗は、朝の日差しを反射して、キラキラと輝いている。


「……集めたと言っていたが、これだけの量をどうやって……」


 オアザは、大量にあるドラゴンの素材を目にして、なぜかアナトミアに視線を向ける。


「私は解体していませんよ。これは……温泉に浸けた?」


「温泉?」


「はい。この神域の端に温泉が湧いているんですよ。人が直接入るには熱すぎるんですけど、ドラゴンの素材を回収するのには使えます」


「大きさにもよりますが、三十日ほど温泉に浸けておけば、鱗や皮、骨や牙が残るのですよ」


 アナトミアとイェルタルの説明に、オアザは軽く驚いていた。


「そのような方法があるのか」


「昔ながらのドラゴンの素材の回収方法の一つですね。解体できない時は、一般的には土に埋めるんですけど、温泉に浸けるのは、素材を綺麗に残したいときです」


「土に埋める方法だと汚れるし、ドラゴンの血や体液と混ざると、さすがのドラゴンでも腐食する部分が出てきますから」


 一通り、倉庫に眠っていたドラゴンの素材を確認したオアザは、イェルタルの前に立つ。


「……いかかでしょうか。足りないのならば、土に埋めたドラゴンの素材もご用意いたしますが……あまり質は良くないのですが、量はありますので」


 倉庫に入りきれないドラゴンの素材が、倉庫の裏手に置いてある。


「いや、必要ない。それに、この倉庫にあるドラゴンの素材も私はいらない」


「なっ……それではっ!?」


「そんなモノはなくても、協力するから安心しろ」


 ポンとオアザはイェルタルの肩に手を置く。


「家族を想うイェルタル殿の気持ち、十分に理解した。私は青龍の守護者だ。東の地で不要な争いは起こさせん」


「……なんと……」


 イェルタルは、安心したのか全身の力が抜けるように、その場に膝をついた。


「ありがとうございます」


「礼ならば、家族が助かった後にしてくれ。それで、話を聞こう。昨日、貴殿の妹たちから聞いたが明日、オストンの領主がやってくるのだな?」


「はい、五日後に開かれる狩竜祭の打ち合わせに、トンロンの神職と共に参られます。内容は……」


 イェルタルとオアザは、婚姻の対策を話し始める。


(まぁ、こうなったか)


 イェルタルにオアザの説得に協力するように求められていたが、オアザの性格から考えて、アナトミアが何もしなくても彼が協力してくれることは分かっていた。


(なんだかんだ、人が良いからな)


 アナトミアは、なんとなく西の方に目を向ける。


 港町、トングァンの方角だ。


(今、ムゥタンさんがいないのは、多分情報収集のためだ。シュヴァ姉ちゃんたちの情報もだけど、トングァンで問題が起きていないか、その確認だろう)


 体面上、切り捨ててきたが、影では問題が発生しないように色々手を打っているのだろう。


(だから、心配はしていなかったけど……)


 アナトミアは、イェルタルと話しているオアザに目を向ける。


 ちらりと、目が合った。


 すぐにオアザはイェルタルの方に目線を戻すが、またアナトミアの方を見ている。


(……なんだかなぁ)


 ちらちらと、何やら期待のようなモノがこもった目で、オアザが見てくる。


 その視線の意味を、なんとなくアナトミアも把握する。


(芸を覚えた犬じゃないんだから。いや、王族で家族のために頑張ってくれる人に対する評価じゃないかもしれないけど……!)


 オアザの視線が煩わしくなって、アナトミアは顔を背ける。


「……むぅ」


「どうされましたか? 難しい顔をして」


「いや、なんでもない」


「では、続きを。狩竜祭は、二つの神域が合同で行う祭りでして……」


 オアザとイェルタルの話し合いを聞きながら、アナトミアは思う。


(……まぁ、良かったよ。すんなり話が通って。ダメだって言われたら私がオアザ様を説得しないといけなかっただろうし)


 そのときに、アナトミアはオアザに何を差し出さなくてはいけなかったのか。


 一応危惧はしていたが、そうならなくて、アナトミアとしてもホッと胸をなで下ろす気分だった。


(さて、となると問題は狩竜祭か。私も参加するとして、やっておくべきことは……)


 倉庫の中をアナトミアは見回す。


(足りない分は、昨日狩ったファルベ・ドラゴンの素材を使うか……イェル兄もいるし、強力なやつを……)


 アナトミアは、なんだか楽しくなってきた。


 狩竜祭まであと五日。


 準備は万端に出来るだろう。

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