第56話 解体出来ないドラゴン解体部の役人達:18日目その3

「なるほど、ビスティ君のいうとおり、優秀な人物のようだ。これならば、今回の話をしても問題ないだろう」


「話、ですか?」


「ああ、この話はビスティ君からしてもらおうか」


 警備部の部長であるビスティが、一口水を飲んで喉を湿らせると、話し始める。


「では、僭越ながら……実は、東の島。オストン周辺に、滄妃龍ブラウナフ・ロンが現れたと報告がありました」


「龍ですか!」


 ビスティの言葉に、マコジミヤは思わず反応する。


「さすがはドラゴン解体部。龍には敏感だな」


「え、ええ。しかし、龍ですか……その龍は、オストンを襲っている、と?」


「いや、出産のためにオストン周辺の島にある湖に潜伏しているようだ」


「そうですか。それは、残念ですね」


 マコジミヤは悔しそうに眉を寄せた。


「どうしてだね?」


「人を襲っていない龍の退治は魔獣省の管轄ですが……現在、魔獣省の大臣と次官がおりません。彼らがいれば、龍の退治も出来たのに、と」


 魔獣省の大臣と次官は、それぞれ世界会議の準備のために出かけており、国内にいない。


 龍のような強大なドラゴンを退治するためには、大臣と次官の協力は絶対に必要になることを、マコジミヤは知っていた。


 ゆえに、マコジミヤは悔しそうにしていたのだが、そんな彼の反応に、オルジムとビスティは愉快そうに笑う。


「……どうされたのですか?」


「いや、ディレクチヤ局長と同じような反応だったのでな。ああ、通常は、人を襲っていない龍のような強大なドラゴンは、魔獣省の大臣と次官の仕事だ。しかし、我々がここにいる意味を考えなさい」


 オルジムの言葉の意味をマコジミヤは慎重に吟味する。


「もしかして……総務省が、ご協力いただけるのでしょうか? 警備部と協力して、龍を討つ、と?」


「そのとおりだ。通常は、人を襲っていない龍は魔獣省の管轄だ。しかし、今回はビスティ君が率いる警備部が魔獣省と協力しようと考えている」


「それは……しかし、よろしいので?」


 警備部が動くということは、つまり国の騎士が動くということだ。


 騎士は、通常の兵士と比べて強大な力を持っているが、様々な制限を強いられている。


 その一つが、ドラゴンに対しては人が襲われたときのみ、その武勇を発揮できるというモノだ。


 しかし、今回の龍、滄妃龍ブラウナフ・ロンは、まだ人を襲っていない。


「その点は心配しなくていい。っと、詳しい話はビスティ君からだ。すまないね、途中で私が会話を奪ってしまった」


「いえ、ありがとうございます。オルジム局長の話にあったとおり、今回の龍は私が直々に指揮して退治します。ただ、騎士は私と護衛に数名連れて行くのみです」


「それは……その人数だけで大丈夫なのでしょうか?」


 マコジミヤもドラゴン解体部で働いている以上、龍の危険性は知っている。


 龍は、町程度なら簡単に滅ぼし、領地でさえ壊滅できるような強さを持っているのだ。


「まぁ、騎士は数名ですが、足りない部分は魔獣省に協力してもらいましょう。大臣がいなくても、動ける者はいるのでしょう?」


「もちろん、魔獣省討伐部が管理している冒険者や兵士を出しましょう」


 ディレクシヤ局長が、ビスティに笑顔で返答する。


 龍を討伐すると聞いて、マコジミヤの興奮は高まっていくが、同時にある疑問が浮かぶ。


「あの……龍を警備部と協力して倒すというのは、とても素晴らしいことだと思いますが……なぜ、このような……内密な話になっているのでしょうか?」


 今回の話は、別に法を犯しているわけではない。


 なのに、なぜ密会で利用するこのような料亭の一室で、4人だけで話し合いをしているのか。


 マコジミヤの疑問に、他の3人はそろって真面目な顔をする。


「報告のあった滄妃龍ブラウナフ・ロンだが、同時に、『手を出すな』という報告もあったのだ」


「……誰からですか?」


「王弟である、オアザ様からだ」


 マコジミヤの脳裏に浮かぶのは、平民の娘を庇っている男の姿だ。


「……つまり、王族からの命令を無視する、ということですか?」


 それは、重罪だ。


 処刑どころか、一族まで巻き込む可能性さえある。


「いや、まだ命令ではないんですよ」


 ビスティが、心配しているマコジミヤに答える。


「命令ではない?」


「実は、この内容は、偶然ビスティ君の部下が見つけてね。王宮を離れた王弟からの文だ。検閲するのは当然だろう」


 当然では、もちろん無い。


 いくら警備部とはいえ王族の手紙を改めるには相応の理由が必要であり、何も無く中身を見れば処分の対象だ。


 ただ、そんな当たり前も、オアザに対して働かなくなっている。


「もちろん、オアザ様の手紙は、王様にお渡しする。そのオアザ様の手紙を読んで、王様が命令を下されることがあれば、私たちは滄妃龍を倒すことはできない。もっとも、命令の前にすでに倒されている場合は、どうなるだろうか?」


 オルジムは、つまりこう言っている。


 オアザの手紙は、滄妃龍を倒すまで王様には見せない、と。


 その言葉の裏をしっかりと把握して、マコジミヤは言う。


「それは……しょうがないですね。王様も我々を許してくださるでしょう。いえ、そもそも、龍を倒すのです。恩賞さえいただけるかもしれません」


「ふむ、そのとおりだ。しかし、恩賞は我々がいただくよりもふさわしい方がいると思わないか?」


「と、言うと?」


「第二王子のラーヴァ様に、功績をお譲りするのだ」


 ディレクシヤ局長の言葉はマコジミヤにとって驚きであり、また正解であった。


 現王太子であり、次期王の最有力候補であるラーヴァとのつながりは、今後の役人生活で大いに役に立つだろう。


 今、この部屋にいる4人は、まだラーヴァとしっかりとした縁が無いのだ。


「ラーヴァ様の竜臣であるヴルカン様には内密だが話を通している。問題は無い」


「それは素晴らしいですね……」


 マコジミヤは、今回の計画を聞いて心を躍らせていた。


 確実に、栄光への階段を上がっている。


 その確信に、涙さえ出そうになっていた。


「ドラゴンの解体部には、滄妃龍ブラウナフ・ロンの討伐後、かの龍の肉体の保存を頼みたい」


「せっかくの龍だ。世界会議の時に解体するのが良いと思わないか?」


「なるほど……おっしゃるとおりかと!」


「解体した時の逆鱗を、ラーヴァ様に贈りますか?」


「いや、一度王様にお渡しし、ラーヴァ様のモノになるようにお願いする方が良いだろう」


 話がまとまり、4人は机の上にある食事に手をかけ、酒を飲み始める。


 将来手に入れる、権力の味を乗せて。


 酒宴は、夜遅くまで続いた。


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