第55話 解体出来ないドラゴン解体部役人達:18日目その2

「なぜ、そんなこと……」


「やってみろ」


「はい」


 マコジミヤの質問を無視して、メツガンは若い男に短剣を持たせる。


 若い男は、ふうと息を吐くと、カーセ・ドラゴンのまだ斬れていない腹から胸部の部分に短剣を当てる。


「……ぐっ……くぅ……うっ!」


 見ただけでわかった。


 若い男性が、全身の力を込めていることを。


 そして、それだけの力を込めても、カーセ・ドラゴンの体には、傷一つ付いていないことが。


「……よし。もういい」


 メツガンが若い男性の肩に手を置くと、倒れるように男性は床に膝をついた。


「どういうことだ」


「どうもこうも、この短剣はやっぱり使えないってことだよ」


 メツガンは、若い男性から短剣を受け取ると、マコジミヤに見せる。


「ドラゴンの素材で作られた、ドラゴンを解体する短剣。確かに切れ味は上等だが、それなら準備されていた道具とさほど変わらない」


「……しかし、お前は斬っていたではないか」


「俺だから、だ。二十年以上魔獣の解体をしていたから、斬れただけだ」


「それって、つまり用意していた道具でもメツガンさんなら解体出来ていたってこと?」


 チャフの指摘に、マコジミヤは少し考えたあと、メツガンを睨み付ける。


「貴様! 解体できるくせに、出来ないなどと嘘を……」


「嘘じゃねぇ!この短剣は、切れ味は準備されていた道具と変わらねぇが、頑丈さが違うんだよ!準備されていた道具であんなに力を入れて斬っていたら、すぐにダメになるに決まっているだろうが!」


 怒鳴るメツガンをよく見ると、全身に汗をかいていた。


 斬っているときは分からなかったが、メツガンもカーセ・ドラゴンの腹部を斬るのに体力を使っていたらしい。


「……どっちにしろ、あんな短い刃じゃ、せいぜい腹を割くまでだ。解体は出来ない。ドラゴンを解体しろっていうなら、使える道具を用意してくれ」


「……わかった。しばらく待っていろ」


 マコジミヤは、チャフを連れて倉庫を出る。


「ダメでしたか。まぁ、素材倉庫で埃をかぶっていた短剣でしたもんね。それで、解体道具は買うんですか?あの平民が使っていた道具を作った職人は見つかっているんですよね?」


 チャフの質問に、マコジミヤは呆れた顔で返す。


「買う? バカを言え。剣一本で私の年収を超える額が必要なのだぞ? そんな予算はない」


「でも、このままじゃドラゴンを解体できませんよ?」


 チャフの当然の心配に、マコジミヤは今度は笑みを返した。


「心配するな。あの平民を指名手配している。そろそろ捕まるだろう。そうすれば、あの平民が使っていた道具をアイツらに渡せる」


「ああ、それなら安心……あれ? それだと、一人分しか用意出来ませんよね?」


 新しく雇った解体師は3人いる。


「まぁ、倉庫に貯まっているドラゴンたちを解体すれば、剣一本くらいは用意出来るだろう」


 もう一人の分は、あの若い解体師をクビにすればいいとマコジミヤは考えた。


 そのマコジミヤの考えを、チャフも読んだのだろう。


 安心したように笑みを浮かべる。

 

「そうですね。マコジミヤ部長は、今日はディレクチヤ局長とお食事だとか。うらやましいです」


「いずれ、お前を紹介してやる。じゃあ、あとは任せた」


「はい、失礼します」


 マコジミヤの部屋にたどり着くと、チャフは仕事に戻る。


「さて……まずは、体を洗った方がいいか。あんな汚い場所に行ってしまったからな」


 大事な会合の前に、ドラゴンの血の匂いをマコジミヤは落とすことにした。



 都でも一番の規模の料亭。


 その一室にマコジミヤは案内される。


「失礼します。遅くなりました」


 約束していた時間よりも10分前に到着していたのだが、魔獣省ドラゴン局のディレクチヤ局長はすでに食事をしていた。

 並べられている食事の数々に、マコジミヤは顔を青くする。


「申し訳ございません。約束の時間を気にするあまりに、お待たせするとは……」


「いい、気にするな。実は、君と話をする前に用事があってな」


「はぁ……」


「紹介しよう。総務省人事局のオルジム局長と、警備部のビスティ部長だ」


 ディレクチヤ局長が手のひらを向けた先には、二人の男性がいた。


「ビスティ部長とは、マコジミヤ君は知り合いだったな。今日呼び出したのは、彼らから相談を受けていたからだ」


「はじめまして、ドラゴン解体部のマコジミヤと申します。オルジム局長の辣腕については、ビスティ部長からお話を聞いております。なんでも、先日は青の色を授けられているにも関わらず、職務怠慢していた医官を一人退けたとか……警備に、医務に、管理するのは大変でしょう」


「はじめまして、マコジミヤ部長。私も、君のことはビスティ君から聞いている。君も、解体師を追い出したのだろう? まったく、使えない者が下にいると、管理するのも大変だ。今度、医務官を管理する厚生省を作るという話もあるが……もしふさわしくない者が上に立てば、仕事が増えるだけだと思わないか?」


「おっしゃるとおりでございますなぁ。使えないと判断した者を、涙を飲みながら排除する。そんな身を切るような判断が、管理する者には肝要でございますから」


 マコジミヤの返答に、オルジム局長は機嫌良く笑う。


(……よし。正解だったな)


 以前、ビスティから、総務省のオルジム局長が、新設されると噂のある医官など公衆衛生を管理する厚生省の設立に反対していると、マコジミヤは聞いていた。


 その厚生省の初代大臣の候補が、現王の専属医官であり、部下を護る人情派の人物のため、彼を揶揄するような言葉をマコジミヤは選んだのだが、間違いなかったようである。


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