第54話 解体出来ないドラゴン解体部の役人達:18日目その1

 アナトミアがクビになってから18日目


「これがドラゴンの解体道具だ」


 ドラゴンの国。


 ドラフィール王国。


 その国で狩猟されるドラゴンの素材を解体する魔獣省ドラゴン解体部の責任者であるマコジミヤは、新しく雇った解体師の代表である男、メツガンに、道具を渡す。


 彼らが切望していた、ドラゴンの解体に使用する道具だ。


「……こんな、小さな短剣が、か?」


 メツガンが怪訝な顔をするのも無理はないだろう。


 マコジミヤが渡したのは、食事の際につかうナイフのように小さな刃が付いた短剣だったからだ。


「しょうがないだろう。予算ではそれが限界だったんだからな。とにかく、それでどうにかしろ」


 突き放すようにマコジミヤは言う。


(本当は、素材倉庫で見つけたんだけどな)


 心の声は、表に出さないまま。


 この短剣は、ドラゴンの素材を保管する倉庫で、マコジミヤの部下であるチャフが見つけてきたのだ。


 調べた所、ドラゴンの素材で出来た短剣なのは間違いなく、それも貴重な素材が使われているらしい。


(本来なら、私が活用しているところだが……)


 売れば、現在ドラゴンの解体ができないせいで厳しくなっているドラゴン解体部の予算をいくらか補填出来ただろう。


 有力な人物……例えば、今後、実権を握るだろう第二王子の派閥の竜臣などに贈るモノとしても使い道はある。


 そんな貴重な短剣を、ただの解体師に渡すことは、マコジミヤとしても不本意ではあった。


 なのに、そんな寛大なマコジミヤに、メツガンが怒っている。


「ふざけるな! こんな小さい剣で何を解体できるっていうんだ! 倉庫を見てみろ! 産卵期のカーセ・ドラゴンが山のように積み上げられているんだぞ!?」


 メツガンの言うように、三十体以上のカーセドラゴンが倉庫貯まっていた。


 これから、まだ増えるだろう。


(それは、お前達の仕事だろう)


 マコジミヤは、出そうになった言葉を飲み込む。


 主に書類仕事をしているマコジミヤと、ドラゴンは解体できなくても、多くの魔獣を解体してきたメツガンでは、体格が違う。


 今、マコジミヤとメツガンは、マコジミヤの部屋で二人きりで話していた。


 この状況で、あまり事を荒立てたくはない。


「そもそも、これで本当にドラゴンの体が斬れるんだろうな?」


「……そんなこと、確かめればいいだろ?」


 ため息まじりのマコジミヤの意見に、メツガンは賛同する。


「そうだな。じゃあ今から確かめるから、アンタも来てくれ」


「なぜ私が? 私はこれから重要な会合が……」


(このあとは、魔獣省のディレクチヤ殿に呼ばれているのだ)


 ディレクチヤは、魔獣省の局長。


 つまり、マコジミヤの上司であり、彼にはよくお世話になっている。


 約束している時間まであと3時間ほどはあるが、遅れるわけには絶対にいかないのだ。


「ドラゴン解体部の仕事で、ドラゴンの解体以上に重要な仕事なんてないだろうが!」


 メツガンが怒鳴る。


 今にも、マコジミヤに掴みかかりそうだ。


(面倒な……)


 自分よりも一回り以上大きく、屈強な肉体をしている男に逆らうことと従うこと。


 どちらが時間が早く終わるのか、両方を秤に乗せて、マコジミヤはメツガンに従うことを選んだ。


「わかった。手早くしろよ」


 剣呑な雰囲気のまま、マコジミヤとメツガンは、ドラゴンの肉体が保管されている倉庫に向かった。


 メツガンは、他の二人の解体師達と一緒に、比較的体の小さいカーセ・ドラゴンを、吊し上げる。


 その作業を見ながら、マコジミヤは怪訝な顔をしていた。


「……腐敗臭はしないのだな」


「なんか、ドラゴンは腐らないらしいですよ」


 メツガンの様子から、一人では危ないと連れてきたマコジミヤの部下であるチャフが言う。


「そうなのか?」


「はい。メツガン達が言っていたんですけどね。何でも、あの平民が残した書類に書いていたらしいです」


「それは、どこまで信用できるんだろうな」


 思い出したくも無い平民の女の話に、マコジミヤは眉を寄せた。


「まぁ、臭くないからいいじゃないですか。それより、準備が終わったみたいですよ」


 小さいカーセドラゴンでも、人間より一回りは大きい。


 メツガンは、カーセ・ドラゴンの腹部に手を当てる。


「じゃあ、始めるからな」


「早くしろ」


 マコジミヤの返答に、落ち着くように吐き出した呼吸で答えたメツガンは、慎重に短剣をカーセ・ドラゴンの腹に刺す。


「おっ」


 チャフが小さく声を上げた。


 メツガンが刺した短剣が、ゆっくりとカーセ・ドラゴンの腹を割いていたからだ。


「……ああ、雄か。雌だったら卵が採れることもあるんですけどね。ドラゴンの卵は人気があるんだけど」


 切り裂かれたカーセ・ドラゴンの内臓を見ながら、チャフはがっかりと肩を落とす。


「お前、よくそんなこと言えるな」


 ドラゴンの内臓なんて見たくも無いマコジミヤは目をそらしていた。


「だって、人気のある素材が採れたら嬉しいじゃないですか。お金も増えるし。でもこれでドラゴンの解体ができるんじゃないですか?」


「それもそうだな」


 これで、用事は済んだだろうとマコジミヤは踵を返そうとした。


「まだだ」


 そのマコジミヤを、メツガンが呼び止める。


「なんだ? 会合があると言っただろ? 私も暇では……」


「コイツが斬れるかどうか、確かめさせてくれ」


 メツガンは、3人いる解体師の中でも最も若い男の肩を叩いた。




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