第53話 故郷へと向かう
アナトミアは、考えていた。
自分は、オアザたちに付いていくことは出来ないだろう、と。
(昨日、やらかしてしまったしな。殺すとか普通に言っていたし。ドラゴンの解体師は珍しいかもしれないけど、まだまだ私は未熟だ。そもそも、指名手配中だしな。オアザ様も病気は治っているし、王宮に戻るはずだ。だったら、こんなヤツ、手元に置いておきたくはないだろ。)
アナトミアは、今自分が着ている服を見る。
珍しい衣装で、黒を基調として全体的に動きやすく余計な布地はないが、袖などに飾りがある。
西の方の軍人が着る服を可愛くしたような造形だ。
手が込んでいて、普通の金持ちや令嬢でも手に入るような衣装ではないだろう。
(……こんなお姫様のような環境ともおさらば、か。今まで気にしていなかったけど、なくなると惜しくもあるな)
高級な絹のような艶のある髪も、珍しい美しい衣装も、ムゥタンが整えてくれたモノだ。
ムゥタンは、本来オアザの従者であり、オアザの命令によって、アナトミアの面倒をみてくれているにすぎない。
アナトミアを故郷へ送って別れると、当然ムゥタンもオアザについていく。
(自分じゃここまで出来ないし、しないだろうからな)
アナトミアの故郷まで、トングァンの町から馬車なら一日だ。
(……ドラゴンの解体は、続けられないかな。賄賂みたいに素材を送るとかで、許可を貰って……)
ドラゴンの解体は出来ても、綺麗な髪も美しい衣装も、もう終わりだろう。
惜しむようにアナトミアが自分の髪をいじっていると、どこか不機嫌そうな顔をしているオアザと目が合う。
「……どうしたんですか?」
「お別れとはどういう意味かと思ってな」
「え、だって私を送ったあとは、王宮に帰られるのではないのですか?」
アナトミアの質問に、オアザは不機嫌そうな顔から、不思議そうな顔に変える。
「いや、そのままドラゴンの解体師殿の故郷で療養するが?」
当たり前のようにオアザは答えた。
「……療養?」
「ドラゴンの解体師殿も見ただろ? 私の魔法を」
アナトミアは、魔法をあまり見たことがない。
なので、オアザの魔法を見て驚いていたし、感動していた。
(あんな水の塊を人間が操って、あんな立派な屋敷を破壊するんだもんな)
そのため、アナトミアの口から出ようとした言葉は、純粋な賞賛だった。
「はい、スゴかっ……」
「あの程度の魔法しかつかえないとはな。我ながら、恥ずかしい」
そんな賞賛は、オアザによってかき消される。
オアザは、頭をさげて落ち込んでいた。
「あの程度?」
「ああ。六十番台の魔法をつかって、あのような小さな屋敷一つ破壊出来なかったのだぞ? 病気は治癒しているが、体調はまだまだだ。本来なら、跡形も無く粉々に出来たはずだ」
「……はぁ、そうですか」
(どんな化け物だったんだ? コイツ)
町長の立派な屋敷を半壊させたのに、本気で落ち込んでいるオアザを見て、アナトミアは呆れてしまう。
「なので、ドラゴンの解体師殿の故郷で療養する。元々、王宮を出たのは病気の治療のためというのが、公的な理由だ。しばらくはお世話になるだろう」
(つまり、まだ一緒にいられるということか)
「そうですか。それは、よかったです」
何の気もせず、アナトミアはそう口にした。
その瞬間、オアザは驚いたように目を開いた。
「……どうしたんです?」
なぜか、オアザの驚いたような顔は、徐々に嬉しそうに変わっていく。
「よかった、か。そうか、私が故郷に滞在することを喜んでくれるのか……」
(…………げ、しまった)
アナトミアが自分の失言に気づいた時は、もう遅かった。
オアザはアナトミアの首に手を当てたまま、器用に彼女の隣に座る。
「いや、今のは……」
「そう恥じらうこともないだろう。そうか、私と一緒にいられることを喜んでくれるのか……」
(あああ! 違うのに! なんでコイツは……!)
どうにか逃げようとするが、しっかりとオアザはアナトミアの体を抱き寄せている。
逃げられない。
(くそ、痛くは無いけど、強いな。本当に体調が悪いのか? どうやって……)
何かないか、アナトミアは周囲を探す。
すると、あるモノを見つけた。
「あっ」
「どうし……ぐへっ!?」
見つけた瞬間、アナトミアはオアザを放り投げるように退かした。
「いたた……何が」
「そこぉ!!」
オアザが体を起こした時には、アナトミアは巾着袋から剣を取り出し、何も無い場所を斬っていた。
「……何をしている?」
オアザの疑問の答えは、すぐに分かった。
アナトミアが剣を振った場所から、人間ほどの大きさの小型のドラゴンが現れたからだ。
小型のドラゴンは、頭と胴体を分かれさせながら地面に落ちる。
「オアザ様!」
クリークスが、すぐにオアザの隣にやってきた。
ムゥタンも、クリーガルも、食事の準備を中断してやってきている。
「……ドラゴンの解体師殿。そのドラゴンは……」
「ファルベ・ドラゴンですね。ムゥタンさんが使っている竜皮紙の素材になるドラゴンです。鱗に周囲の光景を写して、姿を消します」
アナトミアは、周囲をぐるりと見回す。
「……ほかにはいないようですね。産卵期だと群れることもあるそうですけど、まだ独り身だったようです」
アナトミアの言葉に、皆、肩の力を抜く。
「オアザ様」
「なんだ?」
「あのファルベ・ドラゴン、血抜きをしたあとに、一日置いて、解体してもいいですか?」
アナトミアの目が、キラキラと輝いている。
「ああ、ドラゴンの解体師殿が望むようにしてくれ」
「やったー! ありがとうございます!」
アナトミアは、意気揚々と血抜きの準備を始める。
(一日置いておくことも許可してくれた。やったね。これでしっかり堅く出来る……)
心の笑みが表に出ないように、アナトミアは自制した。
(ファルベ・ドラゴンは小さいけど堅さは悪くなかったはず……うへへ、楽しみだ)
ドラゴンの血を入れるように、樽をいくつかトングァンの町で購入している。
その樽の上にファルベ・ドラゴンの体を吊り上げた。
(……まぁ、道具も買ってくれて、こうやって自由にドラゴンの解体をさせてくれるのはいいよな)
アナトミアはそっと自分の首に手を当てる。
少しだけ温かさを感じた気もしたが、そんなことよりもドラゴンの解体の方が大切だと、アナトミアはファルベ・ドラゴンを見上げるのだった。
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