第52話 トングァンの町を離れて
こうして、町長であるブーガンの屋敷を破壊したあとは、宿に戻り、一泊してからアナトミア達はトングァンの町を出た。
ブーガンが手配し、つながりがあると分かっている宿に泊まるとは豪胆だなとアナトミアは思ったが、理由はいくつかある。
一つは、新しく宿を手配しても、トングァンの町の宿である以上、情報は少なからずブーガンの元へ行くこと。
もう一つは、これまで泊まっていた宿のため、ある程度の勝手が分かっていること。
そして、おそらくはオアザ達がもっとも気にした点がある。
(私が疲れていたからなぁ。馬車でも半分意識がなかったし、宿に到着したら、そのまま夜まで眠りっぱなしだった)
それは、アナトミアの体調だ。
心身共に疲れていたのだろう。
馬車でアナトミアは頭をカクンカクンと揺らして半分眠っていた。
そんなアナトミアを連れて、別の宿や町に行くのは危険だと判断し、オアザ達はブーガンが手配した宿に継続して泊まったのだ。
(あんなに怒ったのははじめてだったからなぁ。私、そんなにボンツのことが嫌いだったのか)
自分のことでも、分からないことは多い。
特に、感情は些細なことで変化する。
(……まぁ、今回のことは、どっちかというとボンツよりも道具の方か。仮に、あの町長達が使うって言っても、同じようになった気もするし)
よく考えれば、5年間も大事に育て、苦難を共にしてきた道具である。
大切なのは当然だった。
簡単に他人に触らせるようなモノではない。
「そろそろ、休憩にしましょう」
ドラゴンの解体道具が入った巾着袋を撫でながら、昨日の出来事をアナトミアが思い返していると、馬車が止まった。
道の合間に用意されている停留地だ。
馬車の旅の途中に休めるように、定期的に広場が作られているのである。
アナトミアが馬車を下りると、ムゥタンが何やら手早く準備している。
時間を考えると、昼食だろう。
アナトミアも手伝った方がいいだろうと思うのだが、ムゥタンの動きが早すぎて手が出せない。
そもそも、以前手伝おうとしたら止められたことがある。
「アナトミアさんのお世話をするのがムゥタンさんの仕事ですぅ。なので座って待っていてくださいな」
とのことだった。
仕事と言われると、動けない。
アナトミアは、大人しく広場に用意してあった椅子に腰をかける。
そして、大きく息を吐いた。
(本当、色々なぁ)
アナトミアが頭を下げていると、何やら影が出来る。
「どうした?」
その影の正体は、アナトミアを後ろからのぞき込んでいるオアザだった。
「……いえ、別に」
「疲れているなら、そう言え。今日は朝も早かったからな」
言いながら、当たり前のようにオアザはアナトミアの首に手を当てる。
じんわりと、オアザの体温がアナトミアに伝わっていく。
(……嘘を言っても分かるんだっけ?)
王族の手を払いのけるわけにもいかず、アナトミアはオアザの方を見上げた。
「疲れてはいませんよ」
「……そうか。まぁ、気にするな」
「……気にする?」
「トングァンの町のことだ。町長とは敵対し、出て行くことになったが、そう大きな問題は起きないだろう」
(ああ、それか)
気になっていたかと言われると、確かに気にはしていた。
オアザがいなくなり、滄妃龍ブラウナフ・ロンの件はどうなるのか。
「屋敷を破壊して、脅している。あそこまでの差を見せつけた以上、かの龍の出産が終えるまでの間に動くことはできないはずだ。心情的にも、物理的にも」
確かに、目の前で屋敷を破壊され、さらには町ごとの壊滅を宣言されたのだ。
その恐怖は、数日で忘れるようなモノではないだろう。
そもそも、おそらく町長たちはこれから半壊した屋敷の修繕で、忙しくなる。
町長たちに、滄妃龍ブラウナフ・ロンを討伐しようとする余裕は無いはずだ。
「ですが……町長達以外の人達はどうするんですか?偶然、滄妃龍ブラウナフ・ロンがいる湖に近づいてしまう危険もありますし、そもそも、周辺の海域では異変が起きています。ディフィツアンドラゴンの目撃数が増えていたんでしょう?」
一昨日から、ディフィツアンドラゴンなどの強大な海洋生物が、近海で目撃されるようになった。
滄妃龍ブラウナフ・ロンに住処を追われた強者たちであろう。
「それらの対策も大丈夫だ。王宮に私から書状を送っている。手を出さないように書いているし、適切に対応するはずだ」
オアザがそう言うならば、そうなのだろう。
(正直、私がどうこうする範疇を超えているしな)
あとは、高貴な方々の政治力に期待するしか無い。
「だから、ゆっくりと心穏やかに過ごせば良い」
さらりと、もう片方の手で、オアザがアナトミアの髪を撫でた。
ムゥタンが徹底的に整えてくれるので、アナトミアの髪はとても艶やかになっている。
「……そういえば、私たちは今どこに向かっているんですか?」
「ん? ドラゴンの解体師殿の故郷だが?」
「え?」
「言ってなかったか? そもそも、この島に来た目的はそれだろうに」
確かに、オアザの言うとおりである。
アナトミアを故郷に送るためにこのオストンの島までやってきたのだ。
(……そうか。もう帰るのか)
忘れていたわけではないが、考えないようにしていたことでもある。
「じゃあ、そろそろお別れですね」
アナトミアは、当たり前の事の様に言った。
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