第3部 神域トンリィン

第57話 故郷への帰宅

 まだ日が沈む前、暗くも紅くもない時間帯に、アナトミア達はアナトミアの故郷、神域:トンリィンの村に到着した。


「お待ちしておりましたオアザ様」


 彼らを出迎えたのは、長身の男性と、物腰の柔らかそうな女性。


 神域を治める者だろう。


 東の方でもさらに東、極東と呼ばれる地域の神職が着る衣服に身を包んでいる。


(兄ちゃん、姉ちゃん……)


 五年ぶりに再会する家族の姿に、アナトミアはつい声を出して駆け寄ろうとするが、そこは我慢する。


 彼らは今、王族に挨拶をしているのだ。


 その邪魔をしてはいけない。


「私はこのトンリィンの村の神域を管理しております、イェルタルと申します」


 長身の男性、アナトミアの兄が名乗る。


「私は、この神域の巫女で、名前はシュヴァミアと申します」


 物腰の柔らかそうな女性、アナトミアの姉のシュヴァミアが頭を下げる。


「出迎え、痛み入る。私はドラフィール王国先王アイゼン王の三男オアザ・ドラフィール。東の地にて荒ぶる龍神を鎮め、敬い、奉公しつづけている神職の者達に、礼を尽くしたい所ではあるが……」


 オアザは、急に振り返ると、アナトミアの手を取り、彼女の前に出す。


「うえっ!?」


「まずは、家族との挨拶が先だろう」


 トンと、オアザはアナトミアを押し出した。


「あ……」


 困惑しているアナトミアに、シュヴァミアが駆け寄る。


 そして、そっとアナトミアを抱きしめた。


「お帰り、アナトミア」


「……うん」


 五年ぶりの再会に、アナトミアは涙が出そうになったが、シュヴァミアの肩で目を隠して、なんとか誤魔化すのだった。




「では、こちらへ。長旅でお疲れでしょうから、まずはお部屋へご案内いたします」


 シュヴァミアが先導し、神域へと続く道を歩いて行く。


 神が歩く道とされる岩畳が続く道、参道は、さすがに王族といえども、馬車で通すわけにはいかない。


「近隣の村はごく普通の村でしたけど、この岩畳は立派ですね。王宮の道とほとんど同じですよ」


 現在、オアザの主治医として付いてきている元青の医官、バハンが、感心したように参道を見ている。


「さすがに国を治める方々と同じではないかと思いますが、神様の道ですので、できる限りのことはしております」


 バハンに対して、恐縮しながらシュヴァミアが答える。


「相変わらず、お金をかけすぎだよ……」


 そんな姉の答えに、アナトミアは小さくこぼすように言う。


「……お金をかけすぎ、とは?」


「見て分かるとおり、私の実家、神域を治めるためとはいえ、設備にお金を使いすぎるんです。この参道も、整備するだけでどれだけお金を使うか……だから、私たちの生活はいつも苦しくて……」


 そこまで言って、アナトミアは気がついた。


「そういえば、シュヴァ姉ちゃん!」


「アナトミア、お客様の前ですよ。そんなに大きな声を出して」


 指摘されて、慌ててアナトミアはシュヴァミアに近づき、囁くように聞く。


「いや、でも、オアザ様達をどこに泊めるつもりなんだ?」


「え、もちろん。私たちの家に案内するわよ」


 アナトミアは、自分の記憶にある隙間風が通るボロ家を思い出す。


 雨漏りもヒドかった、あのような家に、王族を泊めるわけにはいかないだろう。


「ダメだろ、そんなの! 確かに、広かったけど他人を泊めるような場所じゃ……」


「そうは言っても、王族の方がご希望なのだし、部屋はあるから……」


 そんな話をしている間に、参道から逸れて、アナトミアの実家がある方向の道へと進んでいく。


「でも、あんな家より村にある宿屋の方がマシだって……」


「まぁまぁ、アナトミアさん。まずはご実家へいってみましょうよ」


 シュヴァミアとアナトミアがもめていると、ムゥタンが間に入った。


「ムゥタンさん。でも……」


「ああ見えてオアザ様は従軍の経験もありますし、雨風をしのげれば、意外と平気ですよ?」


「その雨風がしのげないような家なんですよ……」


 アナトミアの返答に、ムゥタンはなぜか嬉しそうだ。


「ようこそいらっしゃいました。何も無いところですが、どうかおくつろぎください」


 そんな話をしている間に、実家へ到着したようだ。


 シュヴァミアが足を止めて、手のひらを道の奥へを向けている。


「ああ!?着いてしまった……どうし……って、はぁ!?」


 アナトミアにしては珍しく、素っ頓狂な声を上げてしまう。


 それはそうだろう。


 アナトミアが見たのは、予想していた光景とは全く違うモノだったからだ。


 豪華絢爛とはまさにこのことであると表現するように、あらゆる場所に装飾がなされた門。


 その先にあるのは、清らかな水が流れる小川に、季節の花が咲き乱れている広い庭。


 薄暗くなりはじめているのに、その光景がはっきりと分かるのは、最近普及しはじめたガス灯を、おそらくはドラゴンの素材で再現したドラゴン灯だ。


 その庭の至る所に、平民の基準で言えば豪華な邸宅がいくつも並んでいて、その奥に、まるで宮殿のような建物があった。


 おそらく、トングァンの町で見た、元領主の屋敷よりも大きい。


「……どこ、ここ」


 アナトミアは、膝から崩れ落ちた。

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