第49話 竜臣

 トングァンの町の町長、ブーガンの案内についてきたオアザは、その案内された場所を前に足を止めた。


「そこは、前領主の屋敷ではないか?」


 ブーガンは、屋敷を出て、その隣にある建物、前領主の屋敷にオアザ達を連れてきたからだ。


「私は、トングァン家の旧屋敷の管理をしておりますから……こうして、たまには使わないと屋敷も傷んでしまいますからな」


 ブーガンは、オアザが不快感を出していることに気がついていないのか、それとも、気づいても気にしていないのか、そのまま、前領主のトングァン家の屋敷にオアザを案内する。


(いくらなんでも非常識だろう。閉じられた屋敷に俺を案内するのか?)


 ただ、なぜブーガンが前領主の屋敷に案内したのか、理由はすぐに分かった。


 ブーガンが、豪華絢爛な(トングァンの町の規模を考えると)扉を開ける。


 すると、そこには派手で露出の多い衣装を身につけた女性達が、大勢待っていた。


 同時に、ブーガンの屋敷で微かに匂っていた香りが、濃厚に漂ってくる。

 

(なるほど)


 おそらく、ブーガンが案内したこの部屋は、前領主が接待に使っていた部屋なのだろう。


 様々な調度品が置かれている部屋の至る所で、香が焚かれている。


「さぁ、どうぞどうぞ」


 満面の笑みを浮かべて、ブーガンがオアザ達を中へ案内した。


(まぁ、こうなるように仕向けてはいたが)


 ブーガンが、オアザに女性の接待が有効だと思ったのは、昨日、アナトミア達が町で豪遊したからだろう。


 ムゥタンには、事前にオアザの金で遊んでいる事が分かるように、彼の紋章が入った飾りを渡している。


 若い女に自由に金を使わせる好色家。


 そんな印象を、ブーガンはオアザに持ったはずだ。


 この手を、オアザははじめて滞在する町ではよく使う。


 相手の情報収集能力がよく分かるからだ。


(……これに引っかかるとは、相当低いな)


 表面上だけの情報しか集めることができない。


 その程度だと、オアザはブーガンを評価した。


「どうです? 美しいでしょう。オストンにいる美女を集めてみました」


 ブーガンは、十数人にいる着飾った女性を自慢する。


 派手な装飾の女性達を見て、オアザが思う。


(美人……まぁ、よく集めたな。うん)


 特に、なんともない感想を。


 健康な時、オアザは、水の精に例えられるほどの容姿を持ち合わせていた。


 ゆえに、彼の周りには常に、寵愛を賜ろうとする、見目麗しい女性達が群がっていたのだ。


 なので、ブーガンが集めた女性程度では、心は動かない。


 それどころか、色仕掛けに該当するモノは、ほとんど効果が無いだろう。


(……そういえば、ドラゴンの解体師殿に贈る飾りはいつ出来るのだろうか。昨日は間に合わなかったから、ムゥタンに私の飾りを持たせたが……このような場に、ドラゴンの解体師殿がいなくて良かったと思うが、離れるのも……な。クリーガルとムゥタンがいるから、問題はないだろうが……そうだ、この話が終わったら、また二人で出かけるとしよう。昨日はパフェを食べたようなので、今日は……)


 ただし、今は一部例外が出来てしまっているが。


 そんなことをオアザが考えていると、急に匂いが強くなった。


 ブーガンが集めた女達が、近づいてきたのだ。


「お好きな娘をお選びください。オアザ様のために集めたのですから」


 オアザは、女性に目を向けることなく、ブーガンに言う。


「そんなことより、本題を話せ。何が目的だ? 昼間からこのようなことをして……無駄な時間を使わせるな。私は、滄妃龍ブラウナフ・ロンの話をするために、この場にいるはずだ」


「え、え……?」


 ブーガンは、わかりやすく狼狽える。


 予想していた反応と違ったからだろう。


(……しまったな)


 警戒されると、本音が分からなくなる。


 早く話を進めるためにも、ブーガンの思惑通り、用意した接待が有効であると思わせた方がいいだろう。


「……仕事が残っていると、楽しめないだろう。まずは要件を終わらせる。女は後だ」


「あ……ああ、そうですな。かしこまりました。さすがはオアザ様。では、まずは話を終わらせましょう」


 ブーガンが合図を送ると、女性達が後ろへ下がった。


「で? 相談があると言っていたな。何だ?」


「そうですな……では、単刀直入に。滄妃龍ブラウナフ・ロンを我々が倒しますので、ボンツを……いや、前領主ボンヤミンの子息、ボンツ様をオストンの領主に。私を、『竜臣』にしていただきたい」


「……何を言っている?」


 思わず、オアザは聞き返してしまった。


 それほどまでに、ブーガンの要求はあり得ないモノだったからだ。


「おや? 聞き取れませんでしたかな? この部屋は広いので、声が通りにくく……」


「そうではない。その……意味は分かっているのか?『竜臣』になりたいという意味を」


「ええ、もちろん。国を守護する『守護八十九頭竜臣』その末席に、私を加えていただきたいのです」


 堂々とブーガンは言い切った。


 オアザは、ブーガンを見る。


 正確には、彼の皮膚を伝わる汗だ。

 

 これは、オアザに性的な接待が有効だと思わせることの利点の一つだ。


 こういった接待の際、自分自身にも精力剤を用いる者は多い。


 ゆえに、汗をかく。


 そして、水の魔法をほとんど極めているオアザは人の汗から様々な情報を読み取ることができた。


(……嘘は言っていないのか)


 王族を前にして、自分自身の望みを嘘偽りなく述べたブーガン対するオアザの評価は一言だ。


(愚か者め)


 ブーガンが求めている『守護八十九頭竜臣』とは、王に仕える臣下たちで最も位が高い者たちの集まりであり、その名の通り、国を護る立場の者だ。


 国中から、賢人、武人問わず、様々な優秀な者から選び、構成される『守護八十九頭竜臣』の最大の特徴は、王の決定を覆せる唯一の機関であるということだろう。


 彼らは、王が定めた決まり事を、多数決で覆せるのだ。


 ゆえに、『守護八十九頭竜臣』に選ばれることは、容易ではない。


「……『竜臣』は、貴族どころか、大領地を管理する領主でさえ選ばれないことがある。貴族でも無いただの町長である其方が、なれると本気で思っているのか?」


「ええ、今の私では、地位も、功績も足りません。しかし、ボンツ様が龍を倒し、東の大領地、オストンの領主になれば、それを支えた者として、『竜臣』になることも不可能ではないかと……オアザ様にご協力いただければ」


「私が協力?」


「はい。『竜臣』は、王様だけではなく、王族の方にも任命権がある、と」


 ブーガンの言葉に間違いは無い。


 88人いる『守護八十九頭竜臣』の任命権は基本的に王にあるが、一部の者は王宮で職務を与えられている王族が選ぶことができる。


 オアザも4人まで、『守護八十九頭竜臣』を選べるのだ。


 そんな『守護八十九頭竜臣』に選ぶ臣下は、オアザにとってもちろん重要な忠臣になる。


 現在オアザに付いてきている者では、幼少期から彼を支えてきたクリークスのみである。


 ムゥタンも、クリーガルも『守護八十九頭竜臣』ではない。


 そんな、重要な『守護八十九頭竜臣』に二日前に出会ったばかりの男がなりたいという。


 どこまでも、身の程知らずである。

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