第50話 怒る者

「つまり……私に忠誠を誓うということか?」


 オアザから竜臣に任命されるとは、そういうことだ。


 オアザからの当然の確認に、ブーガンは慌てる。


「え? ええ、もちろん。青龍の役職を得ているオアザ様に忠誠を誓うことは至上の喜びでございます」


(嘘だな)


 ニコニコと笑顔を浮かべたブーガンの額に光る汗を見て、オアザはすぐに判断した。


(……なぜ、コイツがこんなことを言うのか。推測は出来る。俺が死ぬと思っているのだろう)


 オアザは自身の病気が治っていることを、王宮に報告していない。


 ゆえに、通常の方法でオアザに関して情報を集めても、オアザが死にかけていて、王宮から逃げ出したという情報までだろう。


 病気が治癒していることは、わからないはずだ。


(優秀な医者に、遠目からでも診察させれば、俺の病気が治っているか判断出来たかもしれないが……そこまでする知恵は無いようだ)


 そして、オアザが死にかけている。王宮から逃げ出しているという情報を得て、ブーガンはこのような要望を出しているのだ。


(すぐ死ぬ相手なら、忠誠を誓っても問題は無い。次の王は第二王子という情報も得ているだろう。俺に忠誠を誓って、地位だけ得たら、俺が死んだあとは第二王子に鞍替えするか、そもそも俺を殺して手柄とするか……)


 オアザは、女達に目を向ける。


 数名、立ち姿が綺麗すぎる者がいた。


 容姿も整っているので、おそらくはそういう要員だろう。


(まぁ、町長が俺に敵対するだろうということは分かっていた。これからどうするか……とりあえず、いくつか気になった点を確認するか)


 いくつか浮かんだ今後の対応のうち、どれにするのか。


 その判断材料を探すために、オアザはブーガンに質問する。


「……私に忠誠を誓うということは、前領主の息子、ボンツには忠誠心はないということだな?」


「えっ!?」


 ブーガンは、わかりやすく驚愕する。


 オアザの質問が想定外だったのだろう。


(それくらいは考えておけ)


 ブーガンの反応に飽きれながら、この質問を掘り下げても意味はなさそうだとオアザは判断する。


「まぁ、いい。ボンツが龍を倒すとのことだが、どういうことだ? 彼は、先日、ドラゴンの解体さえ出来なかっただろう?」


「え?それは、その……ええ、先日はボンツ様はご迷惑をおかけしました。しかし、ボンツ様はドラゴンの解体でこそあのような失態をおかしましたが、冒険者としての腕は確かなのです。なので、しっかりとした準備さえ整えれば、滄妃龍ブラウナフ・ドラゴンでさえも倒せると確信しております」


 準備。


 その言葉に、オアザは反応する。


「準備とは、どのようなモノか。龍を倒せるような準備など、簡単に用意出来るモノではなかろう」


「それが、そうでもないのですよ」


 このとき、なぜかブーガンは今日一番の笑みを浮かべた。


 その笑みを見た瞬間、オアザの心の中に、冷たい鉛のようなモノが落ちていく。


「オアザ様が雇っているドラゴンの解体師。あの者は、実はこのオストンにある辺境の神域の出身でして、姉と妹は神職についているのですが、アレだけは狩人のまねごとをしているのです。なので、ドラゴンの解体は出来たようですが、性根がどうにも……私が調べたところ、あのドラゴンの解体に使った道具は、王宮から盗んだモノだと」


 まるで耳打ちをするように、ブーガンは言う。


「ええ、もちろん。オアザ様はそのようなことを知らなかったと思います。家名もある神職の出の者が、盗人などど誰が思いましょう。ご安心ください。この件は、私が処理いたしますから」


「……つまり?」


「今、私の優秀な息子であるバイターが、あの平民を捕らえています。あの平民が王宮から盗んだ道具は国宝級の価値があるとか。ならば、その道具を使えば、魔法も扱える元領主の子息であるボンツ様が龍を倒せるのは、必定かと……」


 オアザは立ち上がる。


 そのまま、扉を開けて部屋を出た。


「オアザ様!?」


 ブーガンの声を無視して、オアザは手元にある竜皮紙を確認する。


 ちょうどムゥタンが書き込んでいるらしく、竜皮紙に文字が増えていく。


「どちらに?」


「あの部屋でなく、離れに移動したらしい。兵士の数は10人。剣を向けているそうだ。急ぐぞ」


「はい」


 クリークスがオアザの後についていた。

 遅れて、バハンもやってくる。



 ブーガンは、慌てて部屋から出てきた状態だ。


 ほとんど、走るような速度でオアザは書かれている離れへ向かう。


 ムゥタンとクリーガルがいる以上、兵士の10人程度では問題は起きないだろう。


 だが、嫌な予感がする。


 そしてそれは、離れの前に着いて確信へ変わった。


「これ……は……」


 濃厚な、恐ろしいほどに鋭い気配。


 息をのんで、オアザは扉を開ける。


 オアザに見えたのは、強大なドラゴンの口だ。


 太く、鋭い牙が無数に生えたドラゴンの口。


 その口が大きく開いて、全てを喰らおうとしている。


(いや、違う)


 その口は、幻覚だった。


 だが、オアザにそう思わせる要因が、部屋にはあった。


 離れの部屋の中央にいる、アナトミアだ。


 何が起きたのだろうか。


 見たことがないほどに恐ろしい形相を浮かべている。


 ムゥタンも、クリーガルも、剣を構えた兵士たちに背を向け、アナトミアを警戒するほどだ。


 少しでも動けば。


 少しでも、話しかければ。


 どうなるか分からない。


 逆鱗に触れられたドラゴンが、確かにそこにいた。


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