第48話 逆鱗に踏み込んだ
「覚えていたのか。平民の分際で」
町長の付き人、バイターから完全にアナトミアを敬う姿勢が無くなる。
その態度は、想定していた。
クリーガルは動きそうになっているが、ムゥタンが止めている。
(確か、町長の息子だっけか。つまり、実質的な跡取りなわけだ)
町長はボンツの両親に仕えており、バイターは、ボンツの付き人をしていたそうだ。
アナトミアはあまり覚えていないが、確かにボンツの周りにはいつも誰が大人がいた気がする。
(ボンツが私に近づくと、なぜか私が怒られていたんだよな。ボンツがいないところで。その怒ってた大人の一人なんだろうが……)
「おい、聞いているのか?」
バイターはアナトミアを睨み付けていた。
「……なんでしょうか?」
何か言っていたのだろうか。
アナトミアが聞き返すと、バイターは舌打ちをする。
「ちっ。こんな神職でもない平民が王族に仕えるなんてな。ボンツのヤツの時もそうだったが、どうなっているんだ?」
(……ボンツのヤツ?)
事前の情報では、バイター達はボンツを敬い、彼のために動いていると聞いていた。
しかし、今、バイターはボンツを呼び捨てにしている。
(……何か、思い違いをしていた? ボンツのためにこいつらは動いていないとすると……)
想定とは異なることになりそうだ。
そうアナトミアが思っていると、町長の息子であり、付き人のバイターは、大きく息を吐いてから、言う。
息が臭い。
「いいか、もう一度聞くが、お前は役所からドラゴンの解体に使う道具を盗んだ。間違いないか?」
「違います」
睨み付けるバイターに、アナトミアは臆せず言う。
その答えを、バイターは予想していたようで、呆れるように天井を見た。
「正直に言った方がいいぞ? 都の警備部からの情報だ。変だとは思ったんだ。お前のような神職でもないただの平民が、ドラゴンの解体師など……貴族だったボンツでも出来なかったことが、お前のようなモノに出来るはずが無い。役所で使っていた、高価な道具を使っていたから出来たんだ。そうだろう?」
「そんなこと言われても……」
アナトミアは嘘を言っていない。
しかし、バイターはアナトミアが嘘を言っていると思っている。
思い込んでいる。
「……まぁ、何を言おうと結果は変わらないがな」
バイターが、机の上に置いてあった鈴を鳴らす。
すると、部屋の壁際に置いてあった仕切りの奥から、武装した兵士達が出てきた。
「大人しく盗んだモノを渡すんだ。宿には何も預けていないそうだからな」
当たり前だが、町長達が手配した宿だ。
つながりがあるのだろう。
荷物などは監視されていた。
(うーん……)
兵士達がアナトミアたちを囲んでいるが、正直怖くは無い。
10人程度はいて、武器も持っているのだが、あまり強そうだとは思えないからだ。
(ムゥタンさんがしていることにも気がついている様子が無いしな)
ムゥタンが、長い袖に手を入れてる。
その中で、紙に文字を書いているはずだ。
ムゥタンが持っている竜皮紙は、材料となったドラゴンによって様々な効果を持つ魔法具である。
今、ムゥタンが文字を書いている竜皮紙は、対となっている竜皮紙に、書いた内容と同じ文字を写し出す効果がある。
これで、オアザに現状を知らせているだろう。
部屋を移動し、離れにいることも含めて。
(……情報収集のために、話を聞く。だが、兵士が出てきて力尽くで何かをしてきたら、そこで終わり……)
そうなってしまった場合、どうなるのか。
トングァンの近くに龍が現れたのだ。
この事態に適切に対応しなくては、町に被害が出る。
対処するには、町だけでなく国の協力は絶対に必要になるだろう。
だから、オアザは、怪しいとは思っていても町長の誘いに乗ったのだ。
何かしら妥協点はないか、探るために。
(想定外の早さで、武力行使だもんな。このまま挑発して手を出させて終わりでも良いけど……)
昨日話していたオアザの顔が、アナトミアの脳裏に浮かぶ。
トングァンと敵対する可能性が高いことに、時折、とても悲しそうな顔を浮かべていた。
(しゃーない。できる限りのことはしようか。せめて、オアザ様がこっちの部屋に戻ってくるくらいの時間稼ぎは……)
アナトミアは、口を開く。
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんだ? 今更何を言っても、お前達は……」
「いえ、周りを囲んでいる兵士さんですけど……この町の兵士ですよね? 警備部の兵士はいないんですか?」
警備部の兵士は、王直属の部隊のため、ドラゴンの爪を模した紋章が入った装備を身につけている。
しかし、アナトミア達の周りを囲んでいるのは、トングァンの紋章が入った装備を身につけている兵士だけだった。
「都で指名手配されている犯人を確保するんです。警備部の兵士が一人はいたほうが良いと思うんですけど……」
アナトミアの時間稼ぎの質問に、バイターは答える。
「ふん、警備部の兵士など必要ない。お前のような平民を捕らえるのにな」
「私だけじゃ無くて、オアザ様の護衛の方々もいますよ?」
アナトミアは、クリーガルに手を向ける。
「お前のような平民につける護衛だ。大したことはない」
(どこから出るんだ? その自信)
王族の護衛が弱いわけが無いのだが。
ムゥタンもクリーガルも、慌てずに武器に手もかけていないのは、単純にこの程度の兵士相手ならどうとでも出来るという確信があるからだ。
(うーん、まだかなぁ。何か聞くこと……)
オアザが到着しない。
屋敷からこの離れは、そう遠くはない。
ムゥタンからの連絡を見てれば、屋敷のどこにいるかは知らないが、もう着いていてもいいはずなのだが……
(しょうがない。この質問は、オアザ様がするべきなんだろうけど……)
オアザが到着し、話し合いをするときに聞くべきだろうことを、アナトミアは口にする。
「ここに警備部の兵士がいない、ということは、何が目的ですか?」
「……何?」
「いえ、警備部の兵士がいないのなら、私を警備部に渡すことが目的では無いのですよね?いや、最終的に渡すのかもしれないですけど、その前に何かやりたいことがある、と。だから警備部の兵士を排除している。違いますか?」
アナトミアの質問に、バイターは怪訝な顔をする。
「そんなことか。それなら、もう話しただろう。これだから平民は……」
「もう、話した?」
「最初から言っているだろ、盗んだモノを渡せ、と。つべこべ言わずに、ドラゴンの解体に使っている道具を我々に渡せ、平民が!!」
バイターが、怒鳴る。
「……ドラゴンの解体道具を渡して、何をするつもりですか?」
「答える義理もないが……いいだろう。教えてやる。滄妃龍ブラウナフ・ロンを倒すために使うんだよ。お前のような平民でもディフィツアン・ドラゴンを解体出来たんだ。ならば、元貴族で魔法を扱えるボンツにでも持たせれば、龍であろうと簡単に倒せるだろう」
バイターの答えに、アナトミアは一度口を閉ざして、再度質問する。
「つまり……私の解体道具をボンツに使わせる、ということですか?」
「ボンツ様といえ、この平民が! それに、解体道具は役所のモノ、つまりは国のモノだろう! まったく、これだから平民は……」
バイターの答えは、アナトミアの耳から流れていく。
「ボンツが、私の解体道具を使う……」
「何をブツブツ言っているんだ? いいから、ドラゴンの解体道具を大人しく渡せ。平民の小娘には、過ぎたモノだろ?よく考えろ。ボンツがあの道具を使う姿を。あれは、我々のような優秀な者が使う道具だ」
バイターが、一歩アナトミアに踏み込んだ。
「………………ア゛?」
自分でも恐ろしいくらいに冷たい声が、アナトミアの口から漏れた。
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