第44話 3人でお出かけ

「というわけで、アナトミアさん。お出かけしましょう」


「えー……」


 休日となったアナトミアをムゥタンがお出かけに誘う。


「いいじゃないですか。昨日はオアザ様とお出かけしたんですから、今日はムゥタンさんですよぅ。クリーガルもおまけでつけますから」


「人をおまけ扱いするな」


 クリーガルがムゥタンの後ろで不機嫌そうに言った。


 そんなクリーガルを無視して、ムゥタンはアナトミアを誘い続ける。


「ね?いいじゃないですか。ラーメン食べましょう、ラーメン」


「昨日、そのラーメンを食べたんですけど」


「じゃあ、パスタにしましょう。ドラゴン味のパスタがあるそうですよ?」


「昨日のラーメンもドラゴン味だったんですけど。というかこの町、ドラゴン味の料理多いですね?」


「ボンツという冒険者が、町中の店にドラゴンの素材を配っていますから。調理出来る店は少ないですけど。ドラゴンを討伐するときに切り落とした部位を配っているみたいですね」


 思い出したくないことを思い出して、アナトミアは眉を寄せる。


「ふむ。その様子ですと本当に好きではなさそうですね。調べたところ、幼なじみだという話ですが」


「幼なじみって好きにならないといけないんですか?」


「いえいえ、別に。ただ、その幼なじみさんとアナトミアさんで、認識に相違がかなりありそうですねぇ」


 ムゥタンはニヤニヤ笑っている。


「かなり昔から、アナトミアさんのことを想っていたようですよぅ。幼なじみさん、いつも皆に話していたそうですから」


「うわ、気持ち悪い」


「おう、辛辣ですねぇ」


 つい言葉に出してしまったアナトミアの感想に、ムゥタンの笑みはより深くなる。


「どうも、あの幼なじみさん、昔の良かった思い出が、アナトミアさんと紐付いているみたいですねぇ。昔はかなりの地位にいたお坊ちゃんだったとか」


 昨日の今日で、どこまで調べているのだろう。

 少しだけ、ムゥタンの諜報能力が怖くなった。


「そこまで知っているなら、やっぱり今日はムゥタンさんがクリーガルさんと出かけてください。また変なのに絡まれても面倒なので」


「大丈夫ですよぅ。あの幼なじみさんは今日はお仕事に出かけているそうなので。それに、今日はムゥタンさんはアナトミアさんの護衛なのです。なので、変なのが来てもすぐに追い返しますから」


「……今更ですけど、今日は、ということは、やっぱり昨日はムゥタンさんたちが近くにいたんですよね?」


 アナトミアの指摘に、ムゥタンはニコニコと笑みを浮かべる。


「はいな。オアザ様とアナトミアさん。護衛対象が二人そろって出かけるんですから、当然ですよぅ。もちろん、クリークスもいました」


「私もいたぞ」


 クリーガルが忘れるなとムゥタンを睨む。


「……護衛対象なら、昨日も助けて欲しかったんですけどね」


「その助けて欲しかったのは、ボンツという幼なじみさんの時ですかぁ? それとも、オアザ様の時ですかぁ?」


 ムゥタンの質問に、アナトミアは返事に詰まる。


「ふふふ。安心してください。アナトミアさんが身分が高い人を警戒していることは知っていますから。不敬罪とか言いませんよ。むしろ、昨日はよくオアザ様のお相手をしてくださったと褒めたいくらいです。ねぇ?クリーガル」


「いや、褒めるというか……その、申し訳なかったな」


「そこで謝ると、オアザ様への不敬罪ですよぅ」


「私は不敬罪になるのか!? というか、あれは謝るだろ。オアザ様とはいえ、いきなりやりすぎだ!」


 クリーガルの顔が赤くなっている。


「クリーガルも真面目ですねぇ。あの程度で。もっと過激な人もいますよぅ」


「誰だ! そんな破廉恥なヤツは!?」


「第2王子とか、第3王子とか」


「……嫌な事を思い出させるな」


 ムゥタンの答えに、クリーガルが嫌悪感を表す。


「というか、オアザ様は王族ですよぅ?王族に仕えている以上、我々臣下はいきなり閨に連れて行かれても文句は言えないのですよぅ」


「オアザ様がそんなことするわけないだろ!」


 もう、クリーガルの顔は茹で上がったように真っ赤である。


「ま、そうですけどね。そもそも、手を出していいからと、本当に臣下に手を伸ばす品性の者を王族と認めるのかというと……ねぇ?というわけでアナトミアさんも安心してください。オアザ様はこのクリーガルが信頼するくらいの真面目さはあるので、いきなり貞操が奪われることもないですし、そのような関係になればちゃんと責任はとる方なので」


「いや、まぁ、そうですか」


 アナトミアも、別にオアザが不真面目だとは思っていない。


 この15日間で、アナトミアは閨に連れ込まれてなどいないし、村人など、下々への対応も丁寧だと思う。


「あと、念のための補足ですけど、ムゥタンさんとクリーガルは、これまでも、これからも、オアザ様の閨に行くような事はないですから」


「それ、私は含まれないんですか?」


「あはははは、アナトミアさんはドラゴンの解体師なんですよ?」


 笑われた。


 なぜドラゴンの解体師だと含まれないのだろう。


 そこは、含んでいて欲しかったと、アナトミアは強く思う。


「といっても、アナトミアさんが警戒する気持ちもわかるんですけどねぇ。ドラゴン解体部をはじめ、役人たちに色々嫌がらせをされていたんですよね?」


「嫌がらせというか……」


「どういうことをされたんです?」


 ムゥタンが、じっとアナトミアの目を見ている。


 何か答えないと、許さないという意志を感じる目だ。


(嫌がらせといってもな……)


 確かに、不快に思ったことはいくつもある。


「別に大した事じゃ無いですよ? 道を歩いていると泥をかけられたり、石を投げられたり。昼食に砂利を入れられたときは、さすがにムカつきましたけど。あとは息子の妾にしてやろうとか声をかけてきては、醜女はいらないと笑われたりとか……」


「…………そうですか」


「まぁ、貞操を奪われていないだけマシでしょう。平民の小娘が貴きお役人さんたちと働いていたので」


 からからとアナトミアは笑う。


「今くらいに小綺麗にしていたら、危なかったんですかねぇ……ないか。平民の醜女と散々言われてきましたから」


 どうでも良かったことなので、特に気にもしていないが。


 ただ、アナトミアは思う。


 貴き方々の平民に対する扱いは、そんなものだと。


(オアザ様、ねぇ)


 アナトミアは何となく、首に手を当てた。


 何の熱も感じない。ただ、自分の体温だけだ。


「……よし!」


 突然、話を聞いていたクリーガルがアナトミアの肩を掴む。


「へ?」


「出かけよう、アナトミア。ムゥタン、最高の料理に最高の服、装飾品、美容品を扱う店は調べてあるか?」


「ええ、都ほどでは無いですけどねぇ。今日は予算の限度額は考えないでいきましょう」


「え、ちょっと……」


「ああ、オアザ様を破綻させるつもりで豪遊だ。さぁ、行くぞ!」


「破綻させていいんですか!?」


 一応、二人の主のはずである。


「というか、それこそ不敬罪では!?」


「オアザ様の財産は、我々が1日遊んでも破産なんてしませんよぅ。ああ見えて、沢山の魔獣とドラゴンを倒してきていますから」


 ムゥタンがどこからか、金が詰まった袋を取出す。


「税金とかじゃないんですか」


「むしろ税金を納めている方ですねぇ」


 王族が国に税金を納める。


 そういうこともあるのだ。


「それと、クリーガル。行くぞってクリーガルが先頭だと迷子になりますよぅ。竜車の手配をしてあるので、それに乗りますよ」


「いつの間に……」


 ぐいぐいと、アナトミアはクリーガルに引きずられていく。


「いや、本当にいったいどうしたんですか……」


「安心してください。アナトミアさん」


 ムゥタンがアナトミアの背中を押す。


「私たちが、アナトミアさんを守りますから」


「へ?」


「行くぞぉ!うぉおおお!」


 こうして、アナトミアたちは今日一日、盛大に遊び尽くすのだった。


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