第45話 夜の町は静寂のまま
「……よし。ドラゴン解体部を潰そう」
ぽつりと天井を見つめながら、オアザはつぶやいた。
「いいですね」
「かしこまりました」
そのつぶやきを聞いた少女、ムゥタンと初老の男性クリークスが賛同する。
ムゥタンは何やら紙を取り出し、クリークスは仕込み杖から刃を抜いて、その刃先を確認し始めた。
「……待て。言ったのは私だが、やる気を出すな。というか、ムゥタンはわかるがクリークスはこういうときに諫める役割だろう」
「おや、潰さないのですか」
クリークスは、残念そうに仕込み杖に刃を戻す。
「潰してもいいと思いますけどねぇ」
ムゥタンも、紙を懐に戻しながら言う。
オアザ達は、町長との話し合いを終えると、宿泊している宿に戻ってきた。
そして、夕食をとりながらアナトミアが出かけたことを聞き、ムゥタンから本格的な報告をうけていたのである。
そのときに、アナトミアがドラゴン解体部で嫌がらせをされており、その内容からオアザは思わずドラゴン解体部を潰そうなどとつぶやいたが、賛同されるとは思わなかった。
王族の言葉は重い。
些細な言葉で国が動き、益も損も発生する。
ゆえに、ただの思いつきを発言したときなどは、側近が苦言を呈することもあり、オアザはそれを許容していた。
「さすがに、何の計画もないし、国の要を担う重要な部門だ。簡単に潰す場所では無い」
「要といっても、本当に大切なのはドラゴンを解体する技術を持っているアナトミアさんですよぅ」
ムゥタンの言うことはもっともである。
「近年のドラゴン解体部は、解体された素材の質が良く、ドラゴンに関する情報の精度も高いモノでした。ゆえに他の省庁からも評価が良かったのですが……」
ギュッと、クリークスが杖を握る。
「まさか、アナトミア殿にそのようなことをしていたなど……ふふ、あの素晴らしきドラゴンの鱗を作り出す解体師に、なんたる不届き……潰しましょう」
クリークスのやる気がスゴい。
「落ち着け、あとでこの話はするから……お前達のおかげで、こっちの方が頭が冷えてきたぞ」
オアザを落ち着かせるためにわざと側近たちはそのような振る舞いをしているのかと一瞬思ったがが、クリークスの仕込み杖を握っている手の血管がはち切れそうなほどに膨れ上がっている。
「えーそれで、続きを聞こう。ムゥタン」
「はいな。それで、クリーガルもアナトミアさんの話に怒りまして、その勢いで私たちはトングァンの町へと出かけたんですぅ」
クリークスとクリーガル。
この二人には、確かに血のつながりがあった。
「……そうか。ドラゴンの解体師殿は楽しめたか?」
「ええ、バッチリですよぅ」
「なら、良かった。昨日は……うむ。少し、疲れただろうからな」
アナトミアの心身が少しでも安らいだのであれば、本心からオアザは嬉しかった。
ただ、少しの後悔が、ため息となってオアザの口からこぼれていく。
「オアザ様も若いですからねぇ。健康を取り戻してきて、元気ですから」
「しかし、な。先ほどの報告を考えると……」
アナトミアの扱いが、ドラゴンの解体部でそれほど良くなかったことは、ムゥタンの調査からオアザも知っていた。
しかし、その情報は当事者以外からの話であり、また、被害者からの、アナトミアからの情報は一切なかった。
嫌がらせといっても、仕事の内容に嫌みやケチとつけるくらいかと思っていたが、アナトミアが実際に受けていた被害は、オアザ達の予想よりもはるかにヒドいモノであったのである。
「貞操が守られただけマシなどと……どのような思いで口にしたのだろうな」
「それはアナトミアさんしかわかりませんねぇ」
ムゥタンは首を振る。
「ま、オアザ様はアナトミアさんにそういう事があった、と気にするだけでいいと思いますよぅ。昨日、アナトミアさんが本当に疲れていたのは、オアザ様より幼なじみさんの方ですから」
「……どうだった?」
「特に何とも思っていないというか、むしろ嫌悪感を持っているようでしたねぇ。あまり良好な関係ではなかったようですよぅ」
「そうか……じゃあ、本題だ。どうだった?」
何が、とは聞かない。
ただ、今日一日何が重要な事だったのか、ムゥタンはしっかりと分かっている。
ムゥタンは、懐から紙のようなモノを取り出す。
「これが今日の素敵な一枚。ドラゴンパフェと聞いて、ドラゴン味の甘味を想像したアナトミアさんが、ほっぺにアイスクリームをつけながらドラゴンのように大きくて美味しいパフェを堪能している様子ですぅ」
「違う!そうじゃない!」
ムゥタンが取り出したのは、最近西の方の国で開発された、光景をそのまま写し出す写真という技術を、周囲の光景を鱗に写して姿を消すファルベ・ドラゴンの素材を使って再現した竜皮紙だ。
ちなみに、パフェとは、西の方の甘味であり、水菓子を中心に、乳や卵、砂糖などを混ぜて凍らせて作ったアイスクリームを綺麗に飾った、今、若い女性の間で流行っている甘味である。
「アナトミアさんから撮影許可はいただいているのでご安心を。予算を使っている証拠だといえばすんなり許可が出ましたので」
「まったく、そうじゃないだろう……」
「流れるようにアナトミアさんの写真を懐に収めながら文句を言われても困りますぅ」
写真には、目を輝かせてドラゴンパフェを堪能しているアナトミアが写し出されている。
オアザはアナトミアの写真を手に入れた。
「というか、それ、一応アナトミアさんだけ写っているわけじゃないんですよぅ。建物の後ろ、この町の兵士ですぅ」
オアザは、懐に収めようとしていた写真に目をやる。
アナトミアのほっぺに白いクリームがついていた。
気づいていないのだろうか。
「あの、そろそろ真面目にしてもらえますかぁ?」
「ムゥタンにそのような指摘をされるとはな」
改めて、アナトミアの背後に写っている建物に目をやる。
鎧を着ている者達が、じっとアナトミアの様子を伺っていた。
「ふむ……これだけか?」
「竜皮紙の写真はさすがに手持ちが少なくて、今日はこれだけですねぇ。せっかくなんで可愛いアナトミアさんと一緒に撮るのに苦労しましたぁ」
どこに労力を使っているのかわからないが、ただ、ムゥタンが優秀なのは間違いない。
「兵士と一緒にいるのは……確か、町長の付き人だったな」
「はいな。ひそひそと何やら話していましたよぅ」
「ドラゴンの解体師殿の情報が出回りだしたか。想定はしていたが……」
「回っているのはドラゴン解体部の出した嘘の情報ですよぅ。アナトミアさんが解体道具を盗んだとかいう。やっぱり潰しましょうよぅ」
ムゥタンが紙を取り出す。
軽々に扱うようなモノではないので、気軽に取り出さないでほしい。
「その話はあとだ。こちらでも町長側から要望があってな」
「もしかして、アナトミアさんを連れてきて欲しい、という内容ですかぁ?」
「ああ、詳しい話を聞きたいという理由でな」
王弟であるオアザの話を聞いて、さらに説明を求める。
これだけで、町長がどのような情報を集め、どのような結論を出しているのか予想できた。
「……連れて行くおつもりですかぁ?」
「どちらにしろ、これからはなるべく離れない方がいいだろう。危険は、兵士だけではないからな」
オアザは、アナトミアの写真に目を向ける。
「アナトミアさんに約束しましたよぅ。私たちが守る、と」
「ああ、そうだな。この町は、安全では無い」
いつの間にか、クリークスがいない。
夜の町は静寂のままだ。
「……優先すべきは?」
「もちろん、ドラゴンの解体師殿だ」
オアザは国を守る王弟として、ムゥタンの問いに答えた。
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