第43話 滄妃龍ブラウナフ・ロン

「朝食のあと、少し話をしたいが、いいか?」


 朝食を食べている最中にオアザに呼び出されて、少し……いや、かなり警戒したアナトミアだったが、部屋にクリークスやクリーガル、ムゥタンもいて、安堵する。


(いや、この面々は昨日の時も近くにいたはず。ってことは、あまり意味は無いのか?)


 貴き方は、男女の逢瀬の際にも、近くに側近を連れていることは珍しいことではないそうだ。


 なので、警戒しなくていいという話では無い。


「……あぁ、要件は昨日提出してくれた報告書についてだから、安心してほしい」


 何がおかしいのか、オアザは笑っている。


「アナトミアさん。まるで体を洗われる猫さんのような体勢になっていますよぅ」


(にゃんだとう!?)


 確かに、すぐに後ろにある扉に飛び込めるような姿勢だったかもしれない。

 ムゥタンの指摘に、アナトミアは慌てて姿勢を正す。


 王族の前でするような体勢では無いだろう。


「申し訳ございませんでした」


「気にするな。それと、ドラゴンの解体師殿」


「……はい」


「昨日作ってくれた果実水。美味であった」


「それはよかったです」


 念のために、ご機嫌取りで果実水を作ったのだが、気に入ってくれたのならよかったとアナトミアは素直に思う。


(適当に、宿にあった果物を解体しただけの代物だしな。器だけは、見栄えが良い物を借りたけど)


 おそらく、町で一番高級な宿なので、食器も質が良いのである。


「また、作ってくれ」


「……………………はい」


「返事に時間がかかったな」


(単純に面倒くさい……じゃなくて、高貴な人に飲ませるような果物を私が簡単に用意できるとは思えないのだが)


 また、なので、作らなくてもいいのかとアナトミアは思い直すことにした。


「まぁ、いい。それで本題だが、今日、報告書に記載されている内容を町長と話す前に確認したいことがあってな」


「はぁ」


「まず、滄妃龍ブラウナフ・ロンが妊娠し、海底から出てきている可能性があるとのことだが……」


 滄妃龍ブラウナフ・ロン


 深い海の底のような体表を持つ、龍。


 龍とは、ドラゴンとは異なり、空を飛ぶのに翼を必要としない強大な生き物である。


 翼が無いわけではない。ただ、一部のドラゴンもそうであるが、空を飛ぶのに魔力を使用していると言われている。


 高濃度の魔力を放出し、それを掴んで、空を飛ぶのだ。


 ドラゴンは魔力を掴むのに翼のような広くて大きな部位が必要になるが、龍は翼がなくても空を飛べるのである。


 滄妃龍ブラウナフ・ロンは、卵生ではなく胎生の龍であり、出産する際は海底から湖に移動する。


 そして、移動した湖にいる生き物を全て追い払うのだ。


 魚も、獣も、魔獣も、ドラゴンさえも。


 人間が湖の近くに町を作っていれば、町ごと壊滅させられる。


 滄妃龍ブラウナフ・ロンの息吹一つで。


 なので、滄妃龍ブラウナフ・ロンがいる湖には近づいてはいけない。


「この報告書に記載されている内容に確証は無い、ということでいいな?」


 オアザは、ちゃんとアナトミアが書いた内容を読んだようだ。


 当たり前だが、確証なんてあるわけがない。


「私は、ディフィツアン・ドラゴンを解体して得た内容からの推測を報告しておりますので、確証などあるはずがございません」


 そもそも、報告内容は情報からの推測だ。


 なので、どれだけ情報を精査しても、確証にはならない。


「だが、わざわざ報告書に記載しているということは、可能性はかなり高いのだな?」


「はい。ディフィツアン・ドラゴンに傷をつけたのは、おそらく滄妃龍ブラウナフ・ロンで間違いないかと思われます」


「その、根拠は?」


「まず、ディフィツアン・ドラゴンの尻尾とヒレについた噛み痕です。ディフィツアン・ドラゴンは、このドラフィール王国の近海では、頂点捕食者に近い生き物です。そんなディフィツアン・ドラゴンに噛み痕をつけることが出来る時点で、候補は限られます」


「そのなかでも、滄妃龍ブラウナフ・ロンが犯人だと思ったわけは?」


「噛み痕から推測できる歯の形状。それと、今回のディフィツアン・ドラゴンが生息していた場所ですね。あのディフィツアン・ドラゴンを解体すると、胃から淡水に生息する生き物の残骸が多く見つかりました。このことから、珍しいですが、あのディフィツアン・ドラゴンは、元々淡水が流れる川か湖を巣にしていた可能性が高いです」


 基本的に海で生活する生き物が、淡水が流れる領域で住み着くことはありえないことではない。


 例えば、海水を泳ぐサメが、川や湖に生息することだってあるのだ。


「そして、似たような性質を持っているのが、滄妃龍ブラウナフ・ロンです。かの龍は、基本的に海の奥深くで生きていると言われていますが、妊娠、出産をするときにだけ、清らかな湖に移り住むそうですから」


「……そうして、移り住んだ滄妃龍ブラウナフ・ロンが、ディフィツアン・ドラゴンを追い出した、と」


「はい、そうですね」


「なるほどな……その滄妃龍ブラウナフ・ロンがどこにいるのか、わかるか?」


「私は地理に詳しくないので……ただ、近くに人が住んでいない、淡水の湖がある島には近づかないようにしたほうがいいでしょう」


 このアナトミアの言葉は、オアザが最も聞きたい本題でもあった。


「報告書にも記載されていたが……滄妃龍ブラウナフ・ロンの妊娠と出産について、対策は『何もしないこと』と書かれていたが、どういうことだ?」


 オアザの質問にアナトミアは逆に聞きたくなった。


「滄妃龍ブラウナフ・ロンに何か出来るんですか? 龍は天災です。襲ってきたのならまだしも、出産、妊娠中の龍に手を出すなんて、自殺行為じゃ無いですか。子どもを守るというのは、あらゆる生き物が最も凶暴になる『逆鱗』の一つですよ?」


「まぁ、そうだが……」


「なので、基本的には何もしない。近づかない。それを徹底するべきです。報告書にも書きましたが、滄妃龍ブラウナフ・ロンが湖に出てきて出産を終えるまで、一月程度の間です。そのくらい、我慢して待ちましょう」


アナトミアの説明に、オアザはまだ少し納得出来ていない様子である。


「その、理由は分かったがドラゴンの解体師殿はそれでいいのか?」


「え?」


「いや、ドラゴンの解体師殿なら、滄妃龍ブラウナフ・ロンを解体したいと言い出すのではないかと思ってな」


 オアザの質問に、アナトミアの眉が思わず寄ってしまった。

 

「いくら私でも、対象は選びます。妊娠している生き物なんて、解体したいわけないじゃないですか」


「……そもそも、解体出来るのか」


「龍の解体は、何度か経験しておりますので」


 言われて思い返すと、この数年で、何度か龍の素材が解体されていたことをオアザは思い出した。


「……そうか。それでは、町長には、近海の湖について聞き取り、近づかないように忠告しておこう」


「それがいいでしょう」


「……わかった。ありがとう。今日はゆっくりしていてくれ」


 質問を終えたのか、オアザはクリークスを連れて宿から出て行った。









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