第13話 魔獣省の役人
ドラゴンの国 ドラフィール王国。
その王国の中でも、最も重要な部門といえる、魔獣省のドラゴン解体部の責任者であるマコジミヤは、頭を悩ませていた。
アナトミアというドラゴンの解体作業をしていた平民の少女をクビにしてから3日目。
新しいドラゴンの解体師として雇った男性、ケェイニィは、ドラゴンの死体を切ることが出来ないとやめてしまったのだ。
「どういうことだ。解体に使う道具は、他の魔獣の解体で使うモノの中でも、最高級品を用意したはずだ」
ケェイニィには、運んできたばかりのカーセ・ドラゴンの解体を頼んでいたのだが、いきなり挑戦するのには難しかったのだろうか。
比較的小型のドラゴンとはいえ、平民の冒険者はもちろん、兵士でも手こずることがあるドラゴンだ。
「いや、実力がなかったに違いない。そういえば、ドラゴンの退治はしたことはあっても、魔獣の解体を専門にしていたわけではないからな。次は、解体師をちゃんと雇おう」
魔獣省に登録されている解体師の資料をマコジミヤは調べていく。
「……この人は良さそうだ。さっそく打診するか。念のために、あと一人か二人、見繕って……」
そうして、次のドラゴンの解体師候補に連絡を取っていると、別の部署から人がやってきた。
魔獣の中でもドラゴンの討伐を管轄している、ドラゴン討伐部の役人だ。
「どうされましたか?」
「シュタル・ドラゴンが討伐されたそうです」
「シュタル・ドラゴンですって!?」
シュタル・ドラゴンは、剣殺しという異名を持つ、強大なドラゴンだ。
その鱗は、鉄製の剣では傷をつけることさえ難しく、非常に頑強である。
ゆえに、ドラゴンの素材の中でも人気があり、高値で取引されているのだ。
「それはスゴい。場所はどこですか?」
「プンイン村です」
「直轄地ですか。それは、現地に行くべきでしょうね」
「では、我々と共に参られますか?」
「ええ、ぜひ」
討伐部の役人に約束を取り付けたマコジミヤは笑みを浮かべる。
新しいドラゴン解体師を雇うために頭を悩ませていた疲れなど吹き飛んでいた。
「シュタル・ドラゴンか。もう少しあとに討伐されていれば、各国の要人達にあの剣殺しの解体現場を見せることが出来たが……まぁ、いい。シュタル・ドラゴンの素材は、使い道が多いからな。鍛冶に、外交……ふふふ……」
マコジミヤは、シュタル・ドラゴンの素材をどの部署にどのように使うのか考えながら、明日に備えて帰路につくのだった。
次の日、マコジミヤはシュタル・ドラゴンが倒されたプンイン村へと向かった。
出発の前に、連絡をしていた新しいドラゴンの解体師候補達がやってきたので彼らには、指示を出している。
ケェイニィのときの反省を生かして、今回はカーセ・ドラゴンよりもさらに小型のドラゴンの解体をするように頼んでおいた。
魔獣の解体師として活躍してきた彼らなら、問題ないだろう。
(小型のドラゴンで練習をしたあとは、シュタル・ドラゴンの解体を任せよう。新人たちの解体なら、多少の損失が出ても不思議ではないからな。言い訳は簡単だ。まぁ、あの女の時は小娘だったからそれを理由にしていたが……)
笑みを浮かべて馬車に揺られていると、ふと外の様子が気になった。
「どうされましたか?」
同席していた討伐部の役人が話しかけてくる。
「いえ、兵士の数が多いなと思いました。シュタル・ドラゴンは倒したのですよね?」
「ええ、しかし、シュタル・ドラゴンの体を運ばなくてはいけないので」
「どういうことでしょうか。シュタル・ドラゴンを倒したのならば、現地の兵士もいるはずですが……」
兵士がドラゴンを倒したら、その兵士達がそのままドラゴンの体をドラゴンの解体師がいる役所まで運んでくるのが通例だ。
「もしかして、兵士の被害が大きかったのでしょうか?」
「いえ、そうではなく、プンイン村に兵士がいないのですよ」
「兵士がいない? シュタル・ドラゴンを倒したのですよね?」
「倒した、ではなく倒された、のです。今回、我々はシュタル・ドラゴンの体を回収するために兵士を出しているのです」
兵士以外に、シュタル・ドラゴンを倒せるのだろうか。
平民の冒険者に倒せるようなドラゴンではないのだが。
不思議に思いながら、マコジミヤはプンイン村に到着するのだった。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました。どうぞ、こちらへ」
プンイン村の村長がマコジミヤと討伐部の役人達を出迎えてくれた。
護衛の兵士たちを連れて部屋へと向かうと、そこでは酒などが振る舞われたが、しかし、それよりもマコジミヤは途中で見た村の様子が気になった。
「ずいぶんと活気があるな。ドラゴンに襲われたのだろう?」
「いえ、かのドラゴンは、この村から少し離れた場所で討伐されたので、被害はほとんどないのですよ。むしろ、多大なる恩恵を得ることができましたので……」
「恩恵?」
「はい。お役人様もいかがですか? 大変、美味でございますよ」
「美味?」
村長が合図を出すと、巨大な肉の塊が運ばれてくる。
「……これはなんだ?」
「シュタル・ドラゴンの肉でございます」
「シュタル・ドラゴンの肉だと?」
マコジミヤは、村長の説明に驚きながら、切り分けられた肉を口にする。
「これは……!」
「なんと……」
討伐部の役人達も驚いている。
今食べた肉は、まさしくドラゴンの肉であった。
ドラゴンの肉は、そのどれもが味が良く、また高級品である。
「……この肉はどうしたのだ? シュタル・ドラゴンの肉だと言っていたが……そういえば、シュタル・ドラゴンの体がなかったな」
村長に案内されている際に、村の様子が少しだけ見えたが、シュタル・ドラゴンの死体は見当たらなかった。
プンイン村程度の規模ならば、どこからでもシュタル・ドラゴンの体を確認出来そうなのだが。
マコジミヤの質問に、村長は笑いながら答える。
「かのドラゴンはすでに解体されておりますからな。いやぁ、私もドラゴンが解体されるのははじめて見ましたが、素晴らしいモノですな」
「……解体された? 誰が解体したというのだ?」
「……ふむ。そうですな。せっかくの機会ですし、お役人様にもご紹介した方がよろしいでしょうな。これ、あの方をお呼びしなさい」
村長に命じられて、村人がどこかへ出かけていく。
しばらくすると、一人の少女を連れて戻ってきた。
「この方が、あの巨大なドラゴンを解体してくださったのですよ」
少女は、マコジミヤの顔を見ると、わかりやすく目をそらした。
「なぜ、貴様がここにいる?」
少女は、マコジミヤがクビにした、アナトミアだった。
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