第12話 シュタル・ドラゴンの逆鱗
剣が振るわれる。
刃が日の光を反射して、一瞬だけ目を曇らせたかと思うと、巨大な肉の塊が落ちた。
だが、その肉の塊は、地面につくことは無い。
アナトミアの不思議な道具で、切り離されたシュタル・ドラゴンの肉体は、すべて細い糸のようなモノで吊り上げられているからだ。
(不思議な道具だ)
王弟として、様々な知識を得るようにしてきたオアザにとっても、アナトミアが使う道具は未知のモノである。
(見学に行くことができなかったからな)
王族の一員として、国の要ともいえるドラゴンの解体している光景を見たいと、担当している部署に願い出たことはある。
しかし、時期が悪いと断られ続けたのだ。
(確か、半年ほど前も断られたな。あのときは、責任者が亡くなって、引き継ぎに忙しいからという理由だったが)
それは本当だったのだろうか。
この数日の間にできる限り調べたが、現在のドラゴン解体部門の責任者はどうも真っ当に仕事をしている様子がない。
(そもそも、あのような見事な腕前の解体師殿を解雇するような人物だからな)
アナトミアの解体作業に、舞のような派手さはない。
だが、オアザは彼女の解体作業から目を離せなかった。
鍛え上げられた刀剣のような美しさが、彼女が振るう剣にはある。
(……見事だ)
感嘆しながら、オアザがアナトミアの作業を見ていると、彼女はさきほど切り離したシュタル・ドラゴンの頭と首を見て、確認するように軽く頷くと首の方に剣を構えた。
時間が止まったような気がした。
(……笑っている)
これまで無表情だったアナトミアが、確かに笑ったのだ。
直後、アナトミアの体がぶれた。
高い金属音が、周囲に響く。
「……あっちゃー、音が出たか。まだまだだね」
アナトミアが剣をついた血を拭い始めると、首の肉から、一枚の鱗が剥がれた。
その鱗は、他の鱗と比べると、明らかに輝きが違うことにオアザは気がつく。
(あの鱗は、もしかして……)
オアザの予想は正しいのだろう。
アナトミアは、丁寧に布でその鱗を包んでいる。
他の部位と明らかに扱いが違う。
鱗を布で包んだアナトミアは、周囲を見回すと、オアザを見てこちらに駆け寄ってきた。
(なんだ?)
なぜアナトミアがこちらに向かってくるのか不思議に思いながら、オアザは思わず笑みを浮かべる。
(……不調は治ったようだ)
これまで、アナトミアはずっと体調が悪そうだった。
何かを我慢していそうで、不満げだった。
だが、今こちらに駆け寄っているアナトミアは、元気そのものである。
良いことがあったのだろう。
(良かった)
心からそう思い、こちらにやってきたアナトミアにオアザは声をかける。
「……どうしたのだ? ドラゴンの解体師殿」
「あの、こちらを……その、献上いたします」
「これは……」
「シュタル・ドラゴンの逆鱗です」
アナトミアが差し出したのは、オアザの予想通り、逆鱗であった。
ドラゴンの逆鱗は、首(喉元)に一枚だけ逆さ向きに生えているとされる鱗で、それを触るとどんなに温厚なドラゴンでも激怒するという。
そのため、ドラゴンの急所の一つであるという話もあるが、真偽は不明だ。
逆さに生えた鱗一枚を正確に狙えるほど、ドラゴンとの戦いは生やさしいモノではないからである。
アナトミアから逆鱗を受け取り、オアザはしげしげと眺める。
「……美しいな」
シュタル・ドラゴンの鱗は、すべて金属のような光沢があるが、逆鱗はさらに宝石のような輝きと透明感を持っていた。
このまま、何の加工をせずとも、宝になるだろう。
だが、気になることはある。
「それで、なぜ急に献上などと?」
アナトミアが逆鱗を差し出したことだ。
他の部位は、村人たちが滞在していた村に運んでいるのに、なぜわざわざ逆鱗だけオアザに渡してきたのだろう。
アナトミアは、キョロキョロと目を泳がせている。
「あー、そのですね。その逆鱗で、許してほしいな、と」
「……許す?」
「はい。その、馬車を壊してしまったので……これで、命だけは……」
アナトミアの目線の先には、天井が見事になくなった王族が使う馬車がある。
「……あ、でも、献上ってよく考えるとおかしいですよね。その、献上というか、その……そう! 自分でも中々綺麗にその逆鱗はとれたと思うので、その綺麗さに免じてと言うか、そんな感じで許してほしいのですが……」
「……くっ。ははは」
どのような思考をアナトミアがしたのか不明だが、慌てている彼女が面白くて、ついオアザは声を出して笑ってしまった。
「あの?」
「心配しなくてもいい。馬車の一つでシュタル・ドラゴンを倒した英雄を罰するような愚か者ではない」
オアザは、手元にある逆鱗をじっと見つめる。
「しかし、こちらはせっかくのドラゴンの解体師殿からの贈り物だ。ありがたくいただくことにしよう」
「は、はぁ……」
「もう作業は終わりなのか?」
「あとは頭部だけですが、どうしますか? 頭部はそのまま残して、ドラゴンを倒した証明にすることもありますが」
「ドラゴンを倒したのは解体師殿であろう?」
オアザの指摘に、しかしアナトミアは不思議そうな顔をする。
「そうですが……」
「解体師殿が必要であれば残せば良いし、不要であるならば解体すればいいのではないか?」
「では、解体しますね。ドラゴンの牙は人気のある素材ですから」
アナトミアはオアザに礼をするとその場を去って行く。
「オアザ様」
二人の会話を少し離れた位置で見守っていたクリークスが、声をかけてくる。
彼が何を言いたいのか、オアザにも分かった。
「ドラゴンの解体師殿は勘違いをしているようだな。ドラゴンの体は、ドラゴンを討伐した者に所有権がある。決して、その場にいる王族のモノではない」
このアナトミアの勘違いをどう指摘するか。
シュタル・ドラゴンの体の値段は、平民の年間賃金の軽く10人分以上はあるだろう。
その程度のお金は、アナトミアは当然得るべきであろうが、問題はこのドラゴンの体を本当にアナトミアの所有物にしてしまったときに発生すると思われる面倒事と、その対応だ。
それらのことを考えると、アナトミアが勘違いしているように、シュタル・ドラゴンの所有権はオアザにしておいて、アナトミアには相応の報酬を支払った方がいいのかもしれない。
「……もう少し、このままで」
アナトミアから手渡された逆鱗を、オアザは大切そうに布に包むのだった。
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