第11話 薬品の効果
それから数時間、ゆっくりとドラゴンの解体をしていたアナトミアは、最後のお楽しみの前に休憩をすることにした。
水筒にいれていた水を飲んでいると、オアザが話しかけてくる。
「少しいいかな? ドラゴンの解体師殿」
「はい、なんでしょうか?」
「いや……そうだな、クリーガルのことなのだが、まだ目を覚まさないのだよ」
今、クリーガルは村の宿で寝込んでいる。
「あー……そうですか」
その原因は、アナトミアだ。
「すみません。警告はしたんですけどね」
「命に別状はないし、クリーガルにはドラゴンの解体師殿の護衛を命令していたのだ。そこは気にしなくてもいいが、何があったのか教えてもらえないか?」
昨日、シュタル・ドラゴンを倒してからオアザも忙しかったのだ。
村人への帰還命令や、国への報告などなど、シュタル・ドラゴンという大物を倒したことの後処理は、一日を費やすのに十分な仕事をオアザに与えたのである。
「何があったといいますと……この薬液を、馬車に振りまいたんですよ。それで、クリーガルさんは倒れたのですが」
「それは、ドラゴンの解体師殿が刃に塗っていた薬品ではないか?」
アナトミアが見せた薬品は、カーセ・ドラゴンを倒して解体したときに、アナトミアが剣に塗っていた薬品である。
「はい。これは、ドラゴンの血を洗浄して刃を痛まないようにして、刃の切れ味をあげる薬品なのですが、材料はドラゴンの体液なのです」
「……体液?」
「はい。どの体液をどのように加工しているか、などは割愛しますが、オアザ様は、ドラゴンの糞が香水に使われているという話を覚えていますか?」
「……ああ」
ぎゅっとオアザは眉を寄せる。
今日は、いつもオアザから香る匂いがしなかった。
香水を変えたのかもしれない。
「糞もそうですが、ドラゴンの体液というのは、香りが強いモノも多くてですね。この薬品も、原液を馬車のような狭い場所で振りまくと、スゴい匂いになるんですよ」
「……つまり、その薬品の匂いで、クリーガルは意識を失った、と」
「はい」
どれほど強烈な匂いがしたのだろうと、オアザは遠い目をした。
そして、意識を戻して、まだアナトミアに聞かなくてはいけないことを質問する。
「それで、クリーガルの件はいいとして、なぜ馬車にそのような薬品を振りまいたんだ?」
オアザの質問に、アナトミアは少し悩んでから答えを言う。
「ドラゴンをおびき寄せるためです」
「……どういうことだ?」
「そのままの意味です。ドラゴンの糞が香水になるのは、その匂いに、ドラゴンが引き寄せられる効果があるからです。ドラゴンが引き寄せられるなら、人間にも魅力的な匂いになるのでしょうね。この薬品には、ドラゴンの糞は含まれていませんが、糞よりも強烈にドラゴンを引き寄せる匂いの元が含まれているのです。臭腺という部位なのですが……」
ちゃぽちゃぽと、アナトミアは薬品の瓶を振る。
「……なるほどな。その薬品とドラゴンがドラゴンの解体師殿の元へ飛んでいった理由はわかった。それで、肝心な理由はなんだ?」
「理由、とは?」
「なぜ、ドラゴンの解体師殿はシュタル・ドラゴンを自身の元へ呼び寄せたのだ?」
「それは……」
(ドラゴンを解体したかったから。それも、堅くて大きいやつ)
なんて理由を言えるはずもなく、アナトミアはオアザから目をそらす。
オアザはじっとアナトミアを見てくるが、それでもなんとか何も言わずにアナトミアは目をそらし続けた。
「……まぁ、いい。だが、これだけは言わせてくれ」
オアザは、アナトミアの手を握る。
「ありがとう。そして、無事でよかった」
頭を下げると、オアザは去って行った。
解体されたシュタル・ドラゴンの肉体を運んでいる村人達の元へ向かっている。
これから、色々指示を出すのだろう。
「……ありがとう?」
礼を言われるようなことをしただろうか。
むしろ……
「あっ」
そこで、アナトミアは気がついた。
礼というか、むしろ命を取られかねない事をしている事に。
「ヤバいヤバい! えっと、アレで許して貰えるかな?」
アレならば、許して貰えるかもしれない。
アナトミアの知識が正しければ、アレは非常に高価なモノのはずだ。
「ふふふ、お楽しみに取っておいて良かったよ。さすが私」
アナトミアはシュタル・ドラゴンの最も重要な部位の解体を始めるために、剣を握るのだった。
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