第14話 国の法

(うわぁ……)


 アナトミアは、4日ぶりに再会した元上司の顔を見て、反射的に目をそらしてしまった。


(都から役人が来るって話だったから、まさかとは思っていたけど)


 正直に言って、アナトミアはマコジミヤの事が嫌いだった。


 アナトミアをクビにした、という点ももちろんあるのだが、彼は常日頃から、彼女のことを見下していたからだ。


(まぁ、平民の小娘と、お役所勤めの高官様じゃ、立場は違うでしょうけど)


 そんな苦手意識から、アナトミアはマコジミヤから目をそらしたのだが、彼はなぜかアナトミアに話しかけてきた。


「なぜ、貴様がここにいる?」


「……故郷へ帰る途中です」


「そうか」


 マコジミヤは顎に手を当てる。


「シュタル・ドラゴンを解体したのは、お前か?」


「まぁ、そうですね」


 アナトミアの答えに、マコジミヤはわざとらしく大きく息を吐いた。


「そうか……こやつを捕らえよ」


 マコジミヤが命令すると、彼のそばにいた数人の兵士たちが動き、アナトミアを拘束した。


「いたっ!?」


 兵士達に体を押さえられたアナトミアは苦悶の表情を浮かべる。


「ちょっ、いきなりなんですか!?」


「黙れ。この恥知らずが。大人しく故郷へ帰っていればいいものを。いいか? ドラゴンは国の宝である。そのドラゴンの体を勝手に傷つけるなど言語道断! 許されるモノではない!」


「傷を付けたわけじゃなくて、解体したんですけど……」


「うるさい! 貴様はもうドラゴンの解体師ではないのだ! 軽い罪で償えると思うな。その命はないと思え! 連れて行け!」


 兵士達が、アナトミアを無理矢理歩かせる。


「マコジミヤ殿。これはいったい……彼女はドラゴンの解体師でしたよね?」


「彼女は、先日、解雇したのですよ。賃金のことで少々。まったく国に雇われているというのに、これだからイヤラしい平民は」


 少し困惑していた他の役人に、マコジミヤが事情を説明していると、急に部屋の扉が開かれた。


「……これは、何事だ?」


 扉から現れたのは、仕立ての良い服を着た、目元にクマが出来ているやつれた人物だった。


 そのクマがなく、肉付きも良ければ、誰もが振り返る美人であったろうその男を見て、マコジミヤは眉を寄せる。


「何者だ?」


「この方は、オアザ・ドラフィール様である」


 男の隣にいた初老の男性が名前を告げる。


 クマができている男の名前を。


 王弟の名前を。


「な、も、申し訳ございません!」


 マコジミヤは、すぐにその場で平伏した。


 他の役人達も床に頭をつける。


 確かに、彼らの記憶にある王弟の姿と、目の前にいる男性の姿は類似していた。


「それで、何をしている? なぜ、ドラゴンの解体師殿が兵士に捕らえられているのだ?」


「……その娘は、ドラゴンの解体師ではございません。先日解雇しました。腕が悪く、勤務態度も良くなかったので」


「腕が悪い? 彼女がシュタル・ドラゴンを解体している様子を見ていたが、それ見事なモノであったぞ?」


 王族が、自分の言葉を否定している。


 その事実だけでマコジミヤは表情を青くした。


 脂汗がじわじわと額に広がる。


(ど、どういうことだ。あの娘、王弟と知り合いなのか?)


「アナトミアとは、どのような関係なのでしょうか? 彼女は平民ですが……」


「ドラゴンの解体師殿とは、森で出会ってな。なんでも仕事を急に辞めさせられて、途方にくれているというので、食客として迎え入れたのだ」


「……食客」


「それで、もう一度聞くが……何をしている?私の食客に、なぜ触れているのだ?」


 オアザの言葉に、アナトミアを拘束していた兵士達は慌てて彼女から手を離す。


「……オアザ様。進言いたします。アナトミアを食客になどおやめください。その娘は、平民です」


 マコジミヤは、平伏しながらも、強く言葉を発していく。


「彼女は、国の宝であるドラゴンの体を許可もなく傷つけました。それも、シュタル・ドラゴンの……これが、どれだけの損失か!決して……決して!許されるモノではございません! どうか、考えを改めて……」


「私が許した」


「……え?」


「シュタル・ドラゴンの解体は、私が許した。それに、マコジミヤ、だったか?」


 オアザは、平伏しているマコジミヤに近づくと、彼の頭に向けて言う。


「ドラゴンの体を傷つけたと言っているが、ドラゴンを解体してはいけないという法律は、我が国にはない」


「な……そ、それは……しかし、慣習では、討伐されたドラゴンの体は、全て国が解体することになっており……」


「慣習、そのとおりだ。決して法で定められているわけではない。勘違いするな」


 オアザの言うとおり、ドラゴンの解体は国がしなくてはいけない、という内容の法律は存在していない。


 ただ、死んだドラゴンの体をちゃんと解体出来る者が、国のドラゴンの解体師というだけである。


「貴殿は疲れているのだろう。疾く都に帰るが良い。ああ、そうだ。ドラゴンの解体師殿から、シュタル・ドラゴンの素材を買い取っている。完璧に解体された美しい素材だ」


「……買い取っている?」


「これらの素材は、我らが王へ贈ろうと思う。せっかくだ。運んでいってくれないか? ああ、ついでに言っておこう」


 顔を上げていたマコジミヤに、ささやくようにオアザは言う。


「目録は、すでに王へ届けている。少しでも数が合わなければ、反逆罪だ。ドラゴンの体は国の宝だからな。分かるな?」


 オアザの言葉に、マコジミヤは今までで一番顔色を悪くしながら、他の役人達と共に逃げるように部屋を出て行った。


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