第9話 シュタル・ドラゴン


 オアザは鎧を身につけ、竜馬と呼ばれる魔獣に乗っていた。


 竜馬は、全身に滑らかな鱗が生えており、戦いの際に重宝される馬だ。


 周りには、彼の部下と、武器を持った平民たちがいる。


 武器を持った平民は、いわゆる冒険者と呼ばれる職業を生業にしている者達で、魔獣の退治や、貴重な生薬の採取など、危険な事を仕事にしている。


 冒険者にとって、ドラゴン退治は憧れであり、大金が手に入る可能性のある貴重な機会だ。


 そのため、危険だと分かっていても、こうして集まっているのだろう。


 これからこの村にやってくるのは、カーセ・ドラゴンなどよりもよほど強大なドラゴンの可能性が高いというのに。



「出来れば、彼らにも逃げてほしいのだがな」


「欲に目をくらんでいるだけです。このような者達の命のことまで考える必要はないですよ」


 オアザの隣には、今は鎧を身につけているクリークスがいる。


「それに、この場を立ち去ってほしいのは彼らではなく、オアザ様ですよ。本当に、このまま戦うおつもりですか?」


「ああ、どうせ、王宮を追われた身だ。ならば、最後くらいは国のために戦いたい」


「国といっても、こんな小さな村で、村人もいないのですがね」


「それでも、我が国の一部だ。それに、人がいないからと行って、村が壊されるのを黙って見ているわけにはいかない」


 オアザは、笑う。


「私は、偉大なる王の弟なのだからな」


 その笑顔を見て、クリークスは悲しそうに目を閉じた。


「……最後まで、お供いたします」


「ああ、よろしく頼む」


 二人が語り合っていると、急に周囲が騒がしくなった。


「どうした?」


「西の方角より、何かがこちらに飛んで来ております!おそらく、ドラゴンです」


「本当にやってきたか。種類は?」


「まだ遠いので……いや、これは」


 部下の一人が絶句している。


 遅れて、周囲にいた冒険者達が、悲鳴のような声を上げた。


「……デカい、な」


 はっきりと目視出来るようになって、オアザは息をのんだ。


 カーセ・ドラゴンの大きさは、おおよそ成人男性3人分程度だった。


 今、村に向かってきているのは、さらのその数倍はある。


 村の宿屋よりも大きいだろう。


「シュタル・ドラゴンか」


 オアザから聞こえたドラゴンの名前に、集まっていた冒険者達は絶望したように顔を青くした。


「シュ、シュタル・ドラゴン!? 剣殺しじゃないか! なんでそんなドラゴンが……」



 シュタル・ドラゴン


 鉄鉱石を主食としている鋼鉄のような鱗と皮膚をもつドラゴン。


 鉄製の武器ではその強靱な鱗に傷をいれる事ができないため、討伐するためには特殊な武器、もしくは強力な魔法が必要になる。


 多くの冒険者を殺しているドラゴンの種類の一つであり、小さな領地では兵士さえも太刀打ちできない。


「に、逃げるぞ! 急げ!」


 ドラゴンの正体を知った冒険者達が、慌てて逃げ始める。


「……どうしますか?」


「放っておけ。元々、逃げるように言っていたんだ。邪魔をされなければそれでいい」


 オアザは、剣を鞘に戻すと、背中に背負っていた杖を握る。


「オアザ様」


「シュタル・ドラゴンに剣は通用しない。強力な魔法でなくてはな」


「……せめて、我々が戦ったあとに」


「ダメだ。おまえ達でもアレの相手は難しかろう」


 ギュッと力を込めると、杖が光り始める。


「村に降りる前に攻撃する。おまえ達は離れていろ」


 シュタル・ドラゴンは、もう村のすぐそばまで来ていた。


 ちょうど、糞が落ちていたあたりだ。


 飛んでいるシュタル・ドラゴンなら、ほんの数回の羽ばたきで村までやってくるだろう。


「もう少し、引き寄せてから……ぐっ!?」


 オアザが右脇を押さえて、苦しみだした。


「オアザ様!」


「下がっていろ!」


 オアザは、目に力を込める。


 しっかりと、飛んでいるシュタル・ドラゴンを睨み付けていた。


「……最後の最後にドラゴン退治……これぞドラフィール王国に生まれた男子の誉れよ!!」



 シュタル・ドラゴンがオアザの魔法の射程に入ったのを確認すると、杖を天に掲げる。


「『極水の』」


 そして、魔法を唱えようとした、そのときだった。


「……グルゥ?」


 シュタル・ドラゴンは、急に方向転換したかと思うと、村から離れてどこかへ飛んでいってしまった。


「……ん?」


 ドラゴンがいなくなって、オアザは首をかしげる。


 光っていた杖も、その輝きを失った。


「……どういうことだ? 去って行ったぞ?」


「わかりません。確かに、シュタル・ドラゴンはこちらに向かって飛んで来ていたのですが……」


 ドラゴンは賢いが、その行動原理が完全に分かっているわけではない。


 なぜ、ドラゴンが村から去ったのか、さっぱり分からなかった。


「シュタル・ドラゴンはどちらに飛んでいった?」


「東の方ですね」


 クリークスが指さした方を見て、オアザは何かに気がついたように目を見開く。


 そして、慌てたように竜馬の手綱を握った。


「どうしたのですか!?」


「ドラゴンの解体師殿だ! シュタル・ドラゴンは、ドラゴンの解体師殿の所へ向かっている!」


 それは、半ば直感であったが、不思議とオアザには確信があった。


 シュタル・ドラゴンが飛んでいった方角が、アナトミアを乗せた馬車が向かった方角なのだ。


 オアザが竜馬を走らせると、彼らの部下もあとについていく。


「くそっ!」


 アナトミアは強い。


 カーセ・ドラゴンを一太刀で切り伏せるほどにだ。


 しかし、シュタル・ドラゴンはカーセ・ドラゴンよりも何倍も強大なドラゴンだ。

 

 正直、村にやってくるとオアザが予想してよりも強大なドラゴンである。


 しかも、シュタル・ドラゴンの鱗は剣殺しと呼ばれるほどに強靱だ。


 アナトミアの剣の腕前がいかに優れていても、シュタル・ドラゴンを斬れるとは思えなかった。


「無事でいてくれ……!」


 竜馬を走らせていると、巨大な生き物の影が見えた。


 シュタル・ドラゴンだ。


 仁王立ちで、立ち塞がっている。


 その前には、見慣れた馬車があった。


 アナトミアが乗っている、王族の馬車だ。


「ドラゴンの解体師殿!」


 オアザが叫ぶと同時に、シュタル・ドラゴンの体から、人影が飛び出してきた。


「……え?」


 人影は、すとんと地面に降り立つ。


「……あ、オアザ様。ご無事ですか?」


 人影は、剣を持ったアナトミアだった。


「無事……というか、ドラゴンの解体師殿は……」


 オアザの言葉は言い終わる前に、立っていたシュタル・ドラゴンの体がぐらりと倒れる。


 首と体がパラリと分かれながら。


「あの、オアザ様」


 背後で絶命したシュタル・ドラゴンのことを見もしないで、アナトミアはオアザの事をじっと見ている。


「な、なんだ?」


「その、お願いがあるのです」


 お願いとは、なんだろうか。


 強大なドラゴンを、またも一太刀で殺してしまった少女は、手を組んでその願いを言う。


「あのシュタル・ドラゴンを、私に解体させてください! ここで!」


「……それはかまわないが」


「よし! やったー!!」


 アナトミアの願いに、オアザは首をかしげるのだった。

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