第8話 出来れば使いたくなかった
「これは、どこに向かっているのでしょう」
馬車で揺られながら、アナトミアはクリーガルに質問した。
朝起きると、いきなりクリーガルがアナトミアを連れて、馬車に乗せたのだ。
「別の道から、村を出ることになりました」
「村を出るとは、あの村を見捨てるということでしょうか」
言いながら、少し意地の悪い質問であったとアナトミアは思う。
アナトミア達が滞在していた村は、せいぜい数百人が暮らす規模の村だ。
その程度の規模の村ならば、ドラゴンに襲われて壊滅することも珍しいことではないだろう。
ドラゴンは資源であるが、同時に災害でもある。
対処出来ないときは、当然あるのだ。
「そうですね。オアザ様もあとから参られます」
「……わかりました」
外を見ると、村から出て行く人たちが見えた。
今回は、事前に襲われる事が分かっているので、人的な被害は少ないだろう。
そうなれば、小さな村を囮にして、ドラゴン討伐のために軍などの編成に時間をかけることを選ぶのも、賢い選択なのかもしれない。
(でも、なんだかぁ)
モヤモヤしている。
(違和感、というか、なんか間違っているというか)
上手く口に出来ないことがもどかしい。
何か引っかかっているのだが、それが何か分からない。
ふと、アナトミアはクリーガルに目を向けた。
綺麗な人だ。
一見、どこかの令嬢のような格好をしているが、その衣服の至る所に武器を隠しているのだろう。
知らない人が見れば、アナトミアの方がクリーガルに仕える侍女に思うはずだ。
そんなクリーガルが、腕を握っている。
まるで、自分を抑えるように。
「……あの、クリーガル様」
「敬称はおやめください。私は、今貴女の護衛をしているのですから」
「……わかりました。クリーガルさん。オアザ様は、次の村で合流されるのですよね?」
「はい」
「その次の村とは、どこでしょうか」
クリーガルは言葉に詰まった。
「オアザ様が、西の領地を目指していたことはしっております。正確な場所までは知らされておりませんが、それはいいです。王族の予定など、誰にでも話すことではないでしょうから」
そういった話は聞かされていたし、アナトミアも仕事をいただけるなら問題はないと考えていた。
そもそも、王族についてくるように言われると、断れるわけがないのだ。
「でも、この道は西には向かいませんよね? 昨日、ドラゴンの糞を取り除いた道ではありません」
「あの道はまだ、ドラゴンの糞のかけらが落ちているので……」
「小さく砕いたので、馬車の一台くらいは通れるようになっているはずです。そもそも、この馬車はオアザ様がご利用されていた王族の馬車ですよね?」
馬車には、王族の紋章である4つ首と8枚の羽を持つドラゴンが描かれている。
王族しか乗れない、御用達の馬車だ。
「この村に来るときは、オアザ様が同席していたので気にしていませんでしたが……というか、気にする余裕はなかったのですが、私とクリーガルさんだけがこの馬車に乗るのはおかしくないですか?」
アナトミアも、別に王族の決まり事などに詳しいわけではないが、これでも長い期間、お役所勤めだったのだ。
ある程度は、身分による決まり事は理解している。
しばらくの間、沈黙が続いた。
しかし、観念したのか、クリーガルは重たそうにその口を開いた。
「オアザ様は、アナトミア様を貴女の故郷へ送り届けるように私に命じました」
「どうして……?」
「オアザ様は、戦うつもりです。村に残って」
「……兵士達の指揮をするということでしょうか」
クリーガルは首を横に振った。
「いいえ、兵士達は来ないでしょう。まだ村に被害が出ていませんから。知らせは送っているのですがね」
「オアザ様は、王弟なのですよね? 命じれば、軍の一つや二つ……」
「今のオアザ様に、そのような力はありません。あの方は、王宮の権力争いから逃れるために西へ向かっているのですから」
クリーガルは、そっと息を吐いた。
「現在の太子は現王の御子である第2王子です。かの方は、オアザ様と敵対していたのですよ」
「……そんな話、私が聞いてもいいんですか?」
「問題ありません。むしろ、ドラゴンの解体師である貴女が、このような話に全く関わっていないのが不思議なくらいですから」
なんで、アナトミアがそのような話に関わらないといけないのだろうか分からなかった。
アナトミアは、ただのドラゴンの解体師である。
お役所勤めの時は、最も低い身分だったはすだ。
「話を戻しますが、その第2王子が、今の軍部を管轄しているはずです。わかりやすく言いますと、今の王宮はオアザ様の敵地ということです」
クリーガルのまとめはわかりやすかった。
そして、合点もいった。
王弟であるオアザが数名の共だけを連れて行動するなど異常だろう。
今のオアザは、逃走している最中なのだ。
「……では、オアザ様は」
「私の仕事は、貴女を守ることです。それが、オアザ様の命令ですから」
アナトミアが言おうとしたことに、クリーガルは答えなかった。
それはそうだろう。
言えるわけが無い。
オアザが、主が死のうとしていることなど。
「……しょうがない」
少しだけ悩んで、アナトミアはこぼすように言う。
「クリーガルさん。馬車を止めていただけますか?」
「それは出来ません。次の村まで、馬車を走らせるように言われています」
クリーガルの反応は予想出来た。
ならば、強硬手段である。
「わかりました」
アナトミアは、巾着袋から、昨日ドラゴンの糞を破壊した鎚を取り出す。
「アナトミア様、一体何を……」
クリーガルの質問に答える代わりに、アナトミアは鎚を馬車の天井に向けて振るった。
その一撃で、馬車の天井は跡形もなく吹っ飛び、青空が綺麗に顔を出す。
「出来れば、馬車でコレは使いたくなかったのですが……息を止めていて下さい。苦しいですよ?」
アナトミアは、巾着袋に手を入れた。
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