第6話 岩の正体

「それで、ドラゴンの解体師殿は何をしたいのだ?」


 部屋に戻ったアナトミアだったが、その様子のおかしさをオアザに伝えられてしまったようで、結果として彼らを連れて出かけることになってしまった。


 アナトミアの欲求不満を解消するために。


「何がしたいと言いますか」


 もちろん、そんな事を言えるわけもなく、アナトミアは言葉を濁す。


 そのまま、目的の場所に到着した。


「落石の場所に来たかったのか?」


 彼らの前には、大きな岩が転がっている。


 この岩が、村の道を塞いでいるという。


 その岩を、じっとアナトミアは見る。


「……あー、やっぱり」


 そして、半ば予想していた内容が間違っていなかったことを確信して、ぽつりとこぼすように言ってしまった。


「何かわかったのか? この岩は、明日には近隣から応援の者達が来て、どかすことになっているようだが」


「多分、それは無理ですね。何人来ても、コレを撤去することは出来ないと思います」


「どういうことだ? ただの岩だろう? 大きいが、動かせないほどでは……」


 オアザは、ペチペチと目の前の岩を叩く。


 高貴な者がそんなに無用心でいいのだろうか。



「それは、ドラゴンの糞です」





 オアザは叩いていた手を止める。


「……糞?」


「はい。ウンコです」


 オアザは、尊き身分の方にはあるまじき速度で、岩から離れた。


「な、なっ……? ど、どどどいう、というか、それは本当か!?」


 慌てたように手のひらから水を出して、念入りに洗っている。


(おお、魔法だ。王族だからな。魔法くらい使えるのか)


 魔法と呼ばれる超常現象を起こせる人間は、一定数いる。


 一説には、ドラゴンなどの高等な魔獣の血を取り込んでいるから魔法のような力が使えるなどの説があるが、よく分かっていないことも多い。


「実際に見るまで確証はできなかったのですが、雨も降っていないのに落石は不自然だと思ったので」


「見て分かるのか? 私には普通の岩にしか見えないぞ?」


「はい。うっすらとドラゴンの魔力の残滓があります。ドラゴンの大腸から出てくる糞にそっくりです」


 当たり前だが、解体するときはドラゴンの腸にある排泄物などの処理をする必要がある。


 そのため、アナトミアはドラゴンの糞を見る機会が多くあった。


「それで、撤去が出来ないとは、どういう意味だ? そんなに重たいのか? ドラゴンの糞とは」


 目の前にあるドラゴンの糞は、人の背丈以上の大きさはある。


 これが普通の岩なら、一人の力では無理でも、数十人集まれば動かすことが出来るだろう。


「重たい事は重たいのですが、それよりもやっかいなのは、地面に張り付くんですよ」


「張り付く?」


「はい。ドラゴンの魔力が地面に伸びて、木の根っこのように張り付くんです」


 こうなると、ドラゴンの糞は通常の方法では絶対に動かなくなる。


 村人が何十人集まっても、無駄であろう。


「ふむ。ではこのままにしておくしかないということか。我々は別の道で行くとして、村人達は不便だろうが……」


「いえ、このドラゴンの糞を無くすことはできますよ?」


 アナトミアは巾着袋を取り出す。


「取り除いてもよろしいでしょうか?」


「あ、ああ。村人たちも困っていたし、取り除けるなら問題は無いだろう。……しかし、どうするつもりだ?」


「それはもちろん。解体します」


 アナトミアは、巾着袋から大きな鎚を取り出した。


「剣ではないのか?」


「解体にはいろいろな道具を使うのですよ」


 アナトミアは、クルクルと鎚を回す。


「では、さくっと行きますね!」


 鎚を大きく振りかぶると、アナトミアはドラゴンの糞目掛けて振り下ろした。


 アナトミアの鎚は、一撃でドラゴンの糞を粉々に破壊する。


「……はぁ」


「見事な一撃だが……なんで落ち込んでいるんだ?」


 肩を落とすアナトミアを不思議そうにオアザは見る。


「いや……脆すぎて」


「……脆い?」


「予想はしていたんですけど、この糞、最近排泄されたモノなんですね。まだ固まっていませんでした」


「固まっていないとは……見たところ、岩のような破片が飛び散っているが?」


 普通の獣の糞を想像しているのか、オアザは顔を少しだけゆがめながら、飛び散っているドラゴンの糞を見ている。


 その糞は、一見すると普通の岩の破片にしか思えない。


「もっと堅いんですよ。ドラゴンの糞は。それこそ、鍛えられた剣よりも頑強ですから」


 ゆえに、村人などが持っている道具程度では、完全に固まっていなくてもドラゴンの糞を砕くことは出来なかった。


「それで、落ち込んでいる理由はなんだ?」


 アナトミアは、オアザから目をそらす。


「それよりも、ドラゴンの糞は生薬として使うこともあるそうですが、このままにしておきますか」


「む? そうなのか?」


「はい。煎じて飲むそうです。お通じが良くなるとか」


 オアザはわかりやすく顔をゆがめた。


「あとは、精製して香水にも使うそうです」


「香水!? 糞をか!?」


「さすがに、人間用の香水にするときは、ドラゴンの糞だけではなく、複数の香料と混ぜるそうですけどね。確か、パリフィムの香水はドラゴンの糞が主原料です」


 オアザの顔にはっきりと嫌悪感が浮かんだ。


 もしかすると、パリフィムの香水を使用しているのかもしれない。


「あ……あーどちらにしろ、この破片を取り除かねばならないだろう。回収は村人たちに任せよう」


 オアザは動揺しているが、それよりもアナトミアには気になることがある。


「そうですか」


 言うべきか悩んで、アナトミアはオアザの様子をうかがうように見た。


「……なんだ?」


「お気づきかとは思いますが……ドラゴンが糞を残している、ということは、この近辺を巣にしようとしています」


 オアザの顔が曇る。


「あの村がドラゴンに襲われるかもしれません」


 その場にいた全員が、息をのんだ。






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