第5話 モヤモヤとする

「というわけで、申し訳ないがしばらくはこの村で待機することになりそうだ。すまない」


「は、はい」


 街から離れた小さな村にある宿の一室。


 そこで、アナトミアは声を震わせていた。


 それはそうだろう。


 彼女に対して頭を下げているのは、このドラフィール王国の現王の弟。


 オアザ・ドラフィールなのだから。


「あ、あの! 私は、そのような事とされる身分でございませんので……」


 オアザよりもさらに低い目線になろうと、アナトミアは腰をかがめて、頭を下げる。


 そんな、慌てた様子のアナトミアにオアザは苦笑する。


「これは、申し訳ない。逆に気を遣わせてしまったな。しかし、君はドラゴンの解体師だ。国の要となる職人に対して、礼儀を払うのは為政者に類する者としては当然だろう」


「ドラゴンの解体師といっても、私はすでにクビになっているんですよ」


「それでも、解体師殿の技術が廃れているわけではないだろう。正直、担当者が君を解雇したことは理解に苦しむ」


 オアザは、供を連れて席を立つ。


「ゆっくりとしていてくれ。必要なモノがあれば用意する」


 そして、オアザは部屋から出て行った。


「き、緊張した。私が蹴ったことも笑って許してくれるような人だから、悪い人じゃ無いとは思うけど、偉い人と話すのは好きじゃ無いよ」


 アナトミアは胸をなで下ろす。


「それにしても……落石か」


 オアザが話してくれた、この村に滞在しなくてはいけない理由。


 それは、大きな落石がこの先の道を塞いでいるからだ。


 頑丈な岩で、砕くことも出来ず、明日には近隣の村から応援を呼んで、皆で撤去することになっているらしい。


 そのため、別の道を使うのか、落石が撤去されるまで待つのか、検討している最中だという。


 別に、アナトミアはどちらでもよかった。


「雨もなかったのに、落石ねぇ……それに、砕けないほどに頑丈」


 だが、少しだけ、引っかかることがある。


 確証は無いので話すつもりはないが。


 元々、職を探して途方に暮れているときにオアザに出会っただけだ。


 彼についていっているのも、王族の誘いを断れないということと、行くアテも無い状況だからである。


「……私は、実家に仕送りが出来るくらいに稼げればいいからなぁ」


 アナトミアの身分を考えれば上等すぎる部屋の隅にある寝台。


 その上に、アナトミアは寝転がる。


 ゴロゴロと。


「うー……うむむむむ」


 モヤモヤとした感情。


 手がワキワキと動いてしまう。


 その正体をアナトミアは分かっていた。


 欲求不満なのだ。


「あー! もう! 我慢できない!」


 アナトミアは体を起こして、部屋の扉を開ける。




「……どうされましたか?」


 部屋の外には、身なりの良い女性がいた。


「へ? えっと……」


「オアザ様より身辺の警護をするように申しつけられております、クリーガルです。ご用命とあればなんなりと」


 クリーガルは、丁寧にアナトミアに礼をした。


 その礼の美しさから、クリーガルの身分の高さがうかがえる。


「あ、あの……失礼しました!」


 想定外の事態に、アナトミアは慌てて部屋に戻るのだった。




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