匿名の恋愛相談がきたのだけど、僕の幼馴染が挙動不審な件。もしかして、本人!?

久野真一

匿名の恋愛相談がきたのだけど、僕の幼馴染が挙動不審な件。もしかして、本人!?

 南から日差しが差し込む、のどかな放課後。


【好きな男の子がいます。その男の子のことがずっと好きでしたが、相手はなかなか気づいてくれず、もどかしいです。どうしたらいでしょうか?】


 同好会専用の中古で安いスマホを二人で見ながら、ひとしきり唸った後、


「この手の悩み相談はよくあるけど……どうする?ゆきちゃん」


 ゆきちゃんこと清水幸奈しみずゆきなに問いかける。この「お悩み解決同好会」を立ち上げた張本人にして、部長でもある。とはいっても、メンバーは僕と彼女、実質幽霊部員の友達だけなんだけど。


「……」


 あれ?いつもなら「もっと詳細に聞かないとね」なんて返事がかえってくるのだけど。スマホの画面をともに見つめるゆきちゃんは無言。


「ゆきちゃん?」

「あ、ああ。うん。ごめん。大ちゃんはどう思う?」

「僕?」

「うん。大ちゃんの意見聞いてみたいなって」


 まただ。何か違和感がある。こんな恋愛相談なんてこれまで何件もうけてきた。詳細を聞かないと始まらないのは彼女もわかってるはず。


「そうだね……いつもだけど、片想いを抱えるのは大変だろうね」


 月並な答えだけど。


「この男の子、ちょっと罪作りだと思うんだ」

「え?」


 気づいてくれない、なんて女の子側が言ったとしても、実際男の子との関係を聞けば、そりゃ気づいてくれないなんてことはいくらだってあった。だから、この時点で相手の男をどうこう言うのは違和感がある。仮にとても鈍感だったとして、これまで彼女がそういう風に相手を責めたことは一度だってない。


「う、うん?まあ、気づいてあげられたらいいんだろうけどね」


 やたら真面目な視線を向けるゆきちゃんに返す言葉はそれくらいしかなかった。これまでの経験が、何かが違う、と告げている。


「この女の子も苦しいだろうなあ……」


 親身になるあまりに、相手に感情移入しがちな彼女だけど。

 まだ詳細も聞いてない内にこれはなんだか変だ。


「ま、まあ。そうだろうね」


 うなづきつつ、心の中では


(ゆきちゃん、どうしたんだろ)


 そんなことを考えていた。


「もし勘違いだったら悪いんだけど、何か棘がない?」

「と、棘とかそういうのじゃないけど」


 なんだか怪しい。そもそも、いつもだったら相談者に返すメッセージをまず相談するはずなのだ。


(まさか、とは思うけど)


 ゆきちゃんもスマホの二台目を持っていて、でもって別人のフリをしてLINEで相談してきているのでは。


(いやいや、さすがに深読みのしすぎか)


 僕らは幼馴染というのはおいといても、距離感が近い男女だと思う。なぜかはわからないのだけど、小学校高学年の頃にはもう好きだった。ただ、一方の彼女は僕をどう思っているのかはずっとわからなかった。


 だから、時々、実は僕のことを好きなんじゃないだろうかとそんな希望的観測をしてしまう。


(ひょっとして、疲れてる?)


 ありえる。悩みを相談を受けて、考え込むなんてこともよくあることだった。ゆきちゃんは特に感情移入してしまいがちだから、それで疲れるのも珍しくはない。


「ねえ。もし、疲れてるんだったら……」

「だ、大丈夫だって。そんなに様子が変かな?」

「いつもつるんでる僕が違和感感じるくらいには」


 もっと付き合いが浅い仲だったら気づけないかもしれない。

 そんなちょっとした違和感。


「考え過ぎだって。とにかく、相談者さんにどう返そうか」


 急に軌道修正をしてきた。


「とにかく、まずは詳細を聞かなきゃ。ゆきちゃんが言ってることでしょ」

「そ、そうだったね。じゃあ……【相談ありがとう。でも、これだけだと色々わからないから、もうちょっと細かいところ教えてくれませんか】……こんな感じでいいかな」


 共用のスマホに打ち込んだメッセージを見せてくる彼女。


「いいと思うよ」

「じゃあ、送信……と」


 それから1時間くらい既読がつかないか待ったけど、未読のまま。


「部活とかかな?」


 相談してくる相手は同じ学校内限定だ。

 うちは帰宅部を許していないから、運動部系の部活に所属してると、返事が夜になることもよくある。あとは、単純にスマホを確認していないか。


「ど、どうだろうね。単に手が離せないのかも」

「ま、あんまり考えても仕方がないか。いつも通り、自由時間にする?」


 相談者から返信がなかなか来ない場合は、自由時間。

 お互いにスマホで時間を潰すのもあり。

 持ち込んだ据え置きゲーム機で対戦もあり。

 だけど……。


「う、うーん。ちょっとお手洗い行ってくるね」

「ああ。行ってらっしゃい」


 彼女がお手洗いに出ていって1分も経たない内に既読がついて、返信。


【ごめんなさい。ちょっと部活中で手が離せませんでした】

【今も部活中だったら、また後でもいいよ】

【いえいえ。お待たせしたので。それで、詳細ですよね。その男の子とは小学校の頃からの友達なんですが】

【いわゆる幼馴染っていうやつですね。昔から仲が良かったんですか?】


 僕にとっては、ゆきちゃんがそういう存在だけど。

 ともかく、仲はいいのではないかと思った。


【そうですね……私の家は父子家庭でして。お父さんが仕事でいないとき、男の子の家にはよくご飯のお世話になったことが多いですね。半分、兄妹みたいなものでしょうか】


(なんていうか、世の中には似た境遇の家ってあるものだなあ)


 まさしく、ゆきちゃんの家は同じく父子家庭で、小学校の頃はよく僕の家に朝ご飯と晩ご飯を食べに来てた。仲良くなったのも、その縁でというのも大きい。


(って、いくらなんでもこんな偶然あるか?)


 きっと、日本全国探せば同じような境遇だって見つかるかもしれない。

 だけど、全校生徒たかだか300人にも満たない高校だぞ?

 ここまで境遇がかぶるなんてそうそうあるわけがない。


「というか、ゆきちゃんもトイレから帰ってこないし」

 

 疑いたくはないのだけど、どうもそうじゃないかって気がする。

 

(相手がゆきちゃんか確信できるようなメッセージは)


 わざわざこんな回りくどいことをしてくるくらいだ。

 僕に悟られずに気持ちを知りたかったんだろうけど。


(……って、そうだ!)


【偶然ですね。私の友達も似たような境遇なんですよ】


 一通は同好会のスマホから相談者さんへ。


【ゆきちゃん。結構遅いけど大丈夫?】


 もう一通は僕のスマホからゆきちゃんのスマホへ。


【そんな偶然ってあるんですね!ちょっと親しみがわきました】 


 相談者さんからはそんな返事。


【ごめん。お父さんとLINEしてて。すぐ戻るね】


 一方、ゆきちゃんからはそんな返事だ。


(さて、ゆきちゃんが相談者さんなら、こっちに戻って来てる間は返信がないはずだけど)


【で、話逸れてすいません。その男の子とは最近、どんな感じの関係なんですか?】


 もう9割確信してるけど、あえてそんなメッセージをしたためる。


(案の定、既読もつかないな)


 そりゃ、真相が予想した通りなら当たり前なんだけど。


「と、お待たせ、大ちゃん。相談者さんからは何かあった?」


(めちゃくちゃしらじらしいんだけど)


「はい。なんか僕らと似た境遇の子みたいだよ」


 共用のスマホをポンと渡す。


「へ、へえ。そういうのって、め、珍しいよね」

(目が泳いでるんだけど)


 本当に彼女が偶然同じ境遇だったのなら、


「へえ!うちの学校にそんな子がいるなんて思わなかったよ」


 て感じで驚くのがゆきちゃんの性格だ。


(からくりはもう割れてるわけだけど、どうしようかな)


 僕もよく悩んだものだけど、まさかゆきちゃんも同じだったとは。

 こういう形で相手の気持ちを知ってしまうのはなんとも微妙な気分だ。


(でも、それだけ僕のことを好きでいてくれたわけで)


 こんな面倒くさいことをしてくるゆきちゃんだけど、可愛らしく思える。


「相談聞いてて思い出したんだけど、小学校の頃はよく一緒にご飯たべたよね」


 お父さんは朝早く出社して夜遅くに帰宅する人だったから、ゆきちゃんとは本当に長い時間をともにした。


「私も、今、思い出したかも。おばさんの作ってくれるご飯、美味しかったよねー」

「まあ、母さんの料理は美味しいしね。あ、それと、部屋に戻るときは妙に寂しそうだったよね」


 マンションの一階下に住むのが彼女の一家だったから、お父さんが帰ってきたら戻ることが多かった。あまりに遅いときは、僕の家で預かることもあったけど。


「そ、それは……小さい子どもの時期だし。忘れて?」

「「大ちゃん。もう少し一緒にいていい?」」


 声色を変えてからかってみる。


「あー、黒歴史。黒歴史ー」


 聞こえない、聞こえないと耳を塞ぐゆきちゃんだ。


「縁日のビンゴ大会も白熱したよね。ゆきちゃんは、めちゃくちゃ真剣だったっけ」

「あれは、大ちゃんの方が冷静すぎるんだって」


 普段、改まって昔のことを話すなんてない僕たちだけど、

 不思議と芋づる式にいろいろなことが口から出てくる。


「そういえば、このキーホルダーくれたのも縁日でだっけ」


 鍵を留めるのに使っている、謎のゆるキャラキーホルダー。

 いつだったかの縁日で、射的で何か落としたと思ったら、

 「これ、プレゼント。いつもお世話になってるから」

 そんな健気なセリフとともにくれたんだっけ。


「あの、その。今も大切にしてくれるのは嬉しいんだけど、そうまで感慨深げに言われると、ちょっと恥ずかしいかも?」


 照れ照れしてる彼女がかわいい。


「といっても、ゆきちゃんも昔、誕生日プレゼントに送ったキーホルダー、大事に使ってくれてるみたいだけど?」


 彼女が時折家の鍵を出すときに見えるキーホルダーは、小学校の頃、なけなしのお小遣いをはたいてプレゼントした、うさぎを模したキャラクターのものだ。


「そ、それは……。厚意をむげにするのはわ、わるいし」


 ぷ、とふとおかしくなる。

 相手の気持ちを確かめたい。でも……なんて僕も思っていたけど。

 そんなことを気にしていたのが馬鹿らしくなってきた。


「ねえ。僕はゆきちゃんのことが好きだよ。もちろん、女の子として」


 気がつけばそんな言葉が口をついて出ていた。


「え?ど、どうしたの、急に?そ、それは嬉しいんだけど……えーと、えーと」

「落ち着いて、ね」

「落ち着いてられないよー。だ、だって。ずっと片想いでなかなか気づいてくれないなーって思って、変な小細工までして頑張ったのに。唐突に告白されて……えーと、これは夢?」


 あまりに予想外の展開に、あーでもないこーでもないと言い続けてあげく、現実逃避に入ったらしい。


「現実だってば。それと、今の件でやっぱり相談者は君ってことで確定か」

「あ、ううう……。そ、それは……ごめん」

「謝らなくてもいいけど。僕もずっと好きだったわけだし」

「なんか、私はいっぱいいっぱいなのに、大ちゃんが余裕なのはずるい」


 ようやく現実を認めたかと思えば、今度はじとっと睨んでくる。


「といっても、あんなにミエミエな自爆されると、一周回ってかわいいまであるし」

「その……告白の上に、そうポンポン褒め言葉言われると……」

「ゆきちゃん、照れ屋だもんね」


 おまけに結構な赤面症だ。

 酒に酔ったのではないかってくらい頬が赤らんでいる。


「その。で、これからは私達は恋人ってことでいいんだよね?」

「うん。そのつもり。あ、これからは部室で思いっきりいちゃつける?」


 ちょっとした反応を期待してからかってみる。


「い、いちゃいちゃとか。そ、それはしていきたいけど。健全にね?」

「一体どんな想像したの……」

「そ、それはともかく!……もうちょっと近くに寄っていい?」

「あ、ああ。うん」


 部室にある椅子はたった3つ。

 その内2つが僕らの座っているもので、僕と彼女は隣り合って座っている。

 距離は頭一つ分くらいだろうか。

 それが、よっと椅子を持ち上げたかと思うと、僕のところに椅子をつなげて、


「……う。やってみたかったんだけど、凄く恥ずかしい」


 ぴたっと寄ってきたかと思えばそんな言葉。


「あ、ああ。うん。僕もちょっと恥ずかしくなってきたかも」


 腕をぎゅっとされると、さすがにちょっとドキドキしてくる。


 ふと気がつけば、春の太陽はもうすぐ西に沈もうとしていて。

 

(ああ、これって凄くいい雰囲気では?)


 お互い、見つめ合いながら、照れ笑いの僕たち。

 さらにぴたっと寄り添って、何やら僕を見上げるゆきちゃん。


(えーと、あーと……キス?)


 確かにこの雰囲気、キスしたくなるものではあるけど。

 初めてだとどうすればいいか緊張する。


 ともあれ、ちょっと前にネットで見たキスのやり方を思い出しながら、

 彼女の小さい唇にそっと口づけたのだった。



「そろそろ帰ろっか」

「うん……」


 キスの後は言葉少なに、荷物をまとめて下校する僕たち。


「……明日から、一緒に登校したい」

「それは僕も思ってた」


 小学校の頃は一緒だったけど、いつしかそんなこともなくなってたっけ。


「あ、それと……」


 温かい感触にびっくりすれば、柔らかく小さい手にぎゅっと握られていた。


「う、うん。そういうことも」


「お父さんに言っていい?」

「まあ、こそこそするのも違うしね。いいよ」


 お父さんは……さすがに娘の交際をどうこう言う人じゃないけど。

 考えてみると、気に入られてるから、幸奈を頼む、とか言われそうだなあ。


「なんだか、考えてみると恋人同士、楽しそう……堂々と大ちゃんの家で遊べるし」

「ま、まあ。母さんなら喜んで、って感じだけど。父さんにも一応言っとくか」

「ふと、思ったんだけど。恋人ってよりなんだか夫婦って感じがするよね?……て、なんだか恥ずかしいこと言ってる」


 確かに、お互いの両親に報告して。なんてことを早々に言い出してるのに。

 それが特に気にならない。


「いや。もともと、ゆき・・とは兄妹みたいな関係だったし。そういうものかも」

「……別に「ちゃん」でもいいんだけど?」

「そっちもいいんだけど、ちょっとは新鮮味があった方が。ね」

「ちゃん、だと慣れてるんだけど、呼び捨てにされるとドキっとするかも」


 ドキっとする……?


「うーん。よくわからないな」

「ちゃんだと、可愛がられてる感じがするけど、呼び捨てだと迫られてるっていうか……あーもう、恥ずかしいから、これ以上なし!」

「さっきからさんざん言ってるのはお互い様でしょ」

「それでもなの!」

「わかったって。ゆきは変わらないなあ」

「それだけ長い付き合いだから。これからもよろしくね?|


 いたずらめいた笑顔で、夕日を背景に言われた初めての呼び捨ては。

 確かになんだか妙に恥ずかしかった。


☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

かなーり久しぶりの短編投稿です。

なんにも起こらない、ただ二人が仲良くしてるだけのお話にしてみました。

二人の空気感を楽しんでいただけたなら嬉しいです。


楽しんでいただけたら、★レビューや応援コメントお願いします。

ではではー。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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