第32話

市岡には『雫』の言ってる言葉の意味が理解出来ない。



“自分さえ良ければそれで良かった”



“欲望の赴くままに生きて何が悪い?”



“自分以外は屑だ”



だがどうやらその“ツケ”が、殺される理由であるらしい事は理解出来た。



“何故? こんな事で?”



自分勝手。だが理不尽な理由の因果応報。



「し……死にだぐねぇぇぇ……」



市岡の瞳から止めどなく涙が溢れ、それは『雫』の指を伝う。



今の間際になって、これまでの己の行いを後悔している訳でも、ましてや悔いてる訳でも無い。



ただ生きたい、即ち“死にたくない”の一点のみ。



『雫』は不意に掴んでいる右手を、市岡の顔から離した。



憐れにも泣きじゃくる市岡の姿に、思う処でもあったのか? 『雫』は市岡に背を向けて、ゆっくりとその場から離れる。



“見逃された?”



市岡の脳裏に過ったのは安堵感。それと同時に沸々と沸き上がる怒り。



それは自分をこんな目に遭わせた、眼前の人物に対する憎悪。



何故見逃されたのか、今の市岡に考えてる余裕も無い。



ただ怒りが恐怖を凌駕していた。




――殺してやる殺してやる殺してやる!




右ポケットにある、改造スタンガンを握り締めて。



「この糞野郎があぁあぁぁぁ!!」



怒りに任せた絶叫と共に、市岡は右手に握り締めた改造スタンガンを、背を向けている『雫』へ向けて飛び掛かっていた。



先端部からはバチバチと電光が煌めく。



20万ボルトの電圧が人体に触れれば、激しい痙攣と共に一瞬で意識を失うだろう。

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