第29話

「そっ! 園田ぁぁぁ!!!」



闇夜を切り裂く悲痛な絶叫によって、惨劇に凍りついた刻が動き出す。



“物を言わぬ躯と化した仲間”



“その凄惨な死”



理解を超えた現実を受け入れきれぬ為、ただ絶叫を上げる他に無い。



“現実逃避”



「ひっ……人殺っ!!」



だがそれは悪夢では無く、紛れもない現実。



「モグォァッ!?」



『雫』の右手に掴まれて、口を塞がれる形となって、それ以上の声は出せない。



「いっ! 岩崎ィィィィィ!!!」



またもや『雫』がいつの間にか移動していた事に、市岡 明は驚愕に絶叫する。



『雫』は瞬間移動している訳では無い。ただ二人の下に“移動した”だけだ。



五メートル近い距離を、瞬きの間に詰める。それは刹那の刻の事。



人間の視覚領域では、その加速した情報に脳が処理を追い付けない。



よって二人の眼には、『雫』の姿が消えた様にしか映らなかった。



「ひっ……ひぃやぁあぁぁぁ!!!」



そして思わず尻餅をついて絶叫する市岡は、その一部始終を見た。



「……ムグァッ!?」



その眼前で『雫』の口元を掴まれた岩崎 一博の頭部が、その掌から侵食する様に凍結していくのを。それと同時に、言葉にならない岩崎の嗚咽も消える。



常人の眼には映らない移動速度といい、この物理現象といい、どう見ても人間業では無い。



完全に凍結した岩崎の頭部を、『雫』は腐った果実もとい、物を壊す様に握り潰していた。



抵抗無く砕け散った岩崎の頭部は、氷の粒子として闇夜に霧散していく。



「……」



司令塔である頭部を失った岩崎の躯は、よたよたと周りを暫し徘徊している。



だが頸からの出血は無い。断面まで凍結している為だ。



「岩崎 一博。消去完了」



『雫』が消去完了を告げると同時に、その躯は糸の切れた人形の様に、前方へ力無く崩れ落ちるのであった。

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