第6話
「私……家に帰ってもいつも独りだし、帰りを待ってくれる家族がいたらなぁって」
葵は最初からそのつもりだったのだろう。
「それは良かった。この子もそれを望んでる」
幸人はそう穏やかな表情を二人に見せる。それは獣医という旁、ペットは家族も同然である事を知っていた。だからこそ獣医という職業があるのだという事も。
“この子もそれを望んでる”
その言葉には御世辞としてではなく、まるで動物の気持ちまで汲んでいるかの様に。
「はい! 大切にしますね」
葵は目を輝かせながら、仔犬を抱いて元気よく立ち上がった。
「あっ! 診察料はどの位でしょうか? 今持ち合わせが無くて……明日必ずお支払いに伺います」
だが幸人はかぶりを振ってそれを遮る。
「今回の診察料は結構ですよ。これは私からの二人の門出の祝という事で」
「えっ? でも……」
無料という有り得ない幸人の言葉に、葵は戸惑いながら呟く。
「それより……その子を大切にしてあげてくださいね。人に捨てられ傷付けられたこの子の為にも……」
それを全く意に返さない幸人の言葉の意味に、葵はようやく納得の表情を見せた。
「本当に……ありがとうございます。あの先生? またこの子を連れて、遊びに来ても良いですか?」
それは本心だった。ここまで親身になってくれた人を、葵はこれまで出会った記憶が無いからだ。
今日という日を絶対に忘れないだろう。
「いつでも歓迎しますからね。それまでその子に、良い名前を付けてあげてください」
「はい! また来ます。ありがとうございました」
葵は仔犬を抱えたまま、そっと病院を跡にし、幸人もまた二人を見送るのだった。
その旁では黒猫のジュウベエが、退屈そうに欠伸していたのはご愛嬌。
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