第22話 閃き

“届かぬこの一声を伝えるために、あと何があれば良いだろう”


“あの時、お前のしていたことを理解出来ていたのなら、何か変わっていたのだろうか”


“それとも、お前と同じ人であったなら、理解できていたのだろうか”


 エディは本をめくりながら、現実逃避に集中していた。


 書きかけの原稿用紙を前にして、読書の捗ること。


 完璧に筆が詰まった以上は仕方ないから、これは進級に関係ないからという、自分にしか通じない言い訳は多く、なかなかに効果的だ。


 そんな自分に、自己嫌悪の情を抱いているのも、もちろんあるのだが。


 ―――つってもなぁ、マージでわからねぇんだよ。


 ―――あの妖怪本棚登りがなんのために執筆してるかなんてさぁ。


 エディは顔を上げ、天井を仰いだ。


 色んなことが頭の中をぐるぐると回っているが、どうも上手く噛み合わない。味の合わない食材を無理やり煮込み続けているような具合だった。


「なぁーん」


 突如として聞こえてきた声に、ピリッと神経が尖る。


 いつの間にか、机の上にあの夜の猫が座っていた。


「なぁー」


「お前っ……また来たのかよ! 何の用だ、ネズミ狩りならチーズ屋でやれ!」


 机を強めに叩いて威嚇するが、猫にはサッパリ通じない。


 それどころか、間近にいるエディのことなど見えていないかのように、毛づくろいをし始める。


 幸い、猫は何もない場所に腰を下ろしており、原稿用紙にも本にも触れていない。


 猫に踏まれないように原稿用紙を脇に避ける。情けない話だが、この猫に敏捷性で勝てる気がしなかった。


 ふと、視線を感じた。


「……ん? なんだよ、何見てる」


 猫は何も言わず、ちらっとエディの読んでいた本に目を向けた。


 そしてもう一度エディを見て、歯をむき出して鳴く。


 “何をしてる、さっさと続きを読め”とでも言われた気がして、ちょっとムッとなった。


 一方で、それまでに読んでいた本を―――“猫から目線”と題されたそれを改めて手に取る。


 ―――そういやこの本、こいつが持って来たんだったか。


「なんだお前、あたしがちゃんと読んでるか確かめに来たのか? お節介焼きの先生か、てめーはよ」


「シャッ!」


 心底うざったそうな顔で言うと、猫が威嚇してきた。


 苦虫を噛み潰したような表情で睨みつけながら、“猫から目線”を開きなおす。


 椅子の背もたれに背を預け、足で机を押しのけるようにして距離を取った。


 ―――夜、猫についていったら本があった、か。


 ―――しかも主人公が猫。題材が人に恋する猫。猫と人間のすれ違いってか。


 ―――あたしにこんなん読ませてどうしろっつーんだよ。猫の気持ちをわかってほしいってか?


 ―――それとも、読めないから代わりに読み聞かせでも…………。


「…………あっ?」


 ぴん、と眉間を弾かれたような感触が閃いた。


 机に突き立てたままの足を下げると、猫が前足でペンを転がしている。


 エディはそれを奪い取り、憑りつかれたように適当な原稿用紙の裏紙に何かを書き記し始めた。


 頭をめいっぱい下げ、眼鏡が触れそうなほどの位置で文字を連ねて、線を伸ばし、丸で囲う。


 その作業が終わるまで、猫はエディの傍らにずっと座り込んでいた。

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