第10話 グラインランスの不気味な図書館

 しばらくして、エディたちはおどろおどろしい館の前に佇んでいた。


 屋根、壁、全てが黒い。まだ日の高い時間帯だというのに、その周囲一帯が夜に変わったような威圧感。


 確か、ゴシック調というのだったか。一昔前、気まぐれに人里に下りてきたヴァンパイアのデザイナーが流行らせた、暗く攻撃的な仕上がりの芸術作風。


 それがエディたちの視界いっぱいを覆い尽くして、こちらを見下ろしていた。


「……ルビィさん、ここ、何?」


「グラインランス芸術学院が誇る大図書館ですよ。私、ここによく創作のヒントを求めに来るんです」


 若干震えた声の問いかけに対して、ルビィはいつもと変わらぬ明るい笑顔。


 良家のお嬢様然とした彼女と目の前の―――ともすれば悪趣味とさえ言えるデザインの巨大な図書館のイメージが釣り合わず、エディは無言で当惑する。


 しかしそれ以上に衝撃を受けている者がひとりいた。ベル先輩だ。


「こ、こここ、ここ、ここって! “真祖の館”じゃん!?」


「有名なんスか?」


 我ながら、間抜けなことを聞いたと思う。これだけ大きく目立つ館が、無名のはずはないだろう。


 そしてなんとなく予想していた通り、出てきたのはいい噂ではなかった。


「ここにはね、かつて戦乱の初期に陣営を問わず血を吸い荒らしたヴァンパイア族の祖が眠っているって噂があるの……! そいつは眷属を増やし、ここに来る生徒を次々食らっているんだとか……!」


「あはは、そんなことないですよベル先輩。ここにいるのは司書のお姉さんですし、生徒もちゃんと利用できる、れっきとした学術施設ですよ」


「嘘っ! 私知ってるよ!? ここから時々聞こえてくるこの世のものではない悲鳴とか、怪物が出るっていう噂とか!」


「大丈夫ですって。現に私がこうして何度も出入りしているんですから。ほら、行きますよ」


 ルビィがふたりの手をそれぞれつかむ。ベル先輩はぎょっとして、体を風に変えて爆裂させた。


 唐突に吹いた凄まじい暴風が、ルビィとエディを吹き飛ばそうとする。数秒して風が止んだ時、ベル先輩はどこにもいなかった。


 ―――先輩、臆病風に吹かれちまったか……。


 ―――どうせなら、急用を思い出したぐらいの言い訳はしてほしかった。


 めちゃくちゃに乱れた髪を掻きながら、エディは遠い目をした。


 ルビィもほつれた赤い髪を手櫛で梳きながら文句をこぼす。


「ああん、もう、ベル先輩ったら……。本当に大丈夫なのに……はぁ」


「ルビィさん、もう一個聞いていい? そういえば聞いてなかったんだけど」


「どうぞ?」


「ルビィさんってさ、どんな小説書くの?」


「ミステリーとホラーです」


 聞き間違いだと思いたかった。


 だが、ルビィの笑顔は一切混じりけのない、澄み切ったものだ。


 燃え立つ嫌な予感にさらなる燃料が落とされる。


 ルビィは立ち竦むエディの手を引くと、淀みない足取りで図書館へと歩を進めた。


「ここ、図書館なんですけど、中は色んな仕掛けがありますし、こんなデザインだから色々イメージが湧きやすいんですよね。それに蔵書もたくさんありますし、諸事情で絶版になってしまった本や奇書もいっぱいあるから、凄く参考になるんですよ」


「……へ、へー」


 両開きの扉に手を添えたルビィは、おかしな声で生返事をするエディを振り返る。


「私はまず、ここで自分の世界を作るんです。そこから大まかな事件と、それに携わる人たちをイメージしてから、プロット作業に入ります。エディさんが何を書くのかはまだわかりませんが……私の世界の作り方、お教えしますね?」


「お手柔らかに……!」


「ふふっ、そう緊張しないでください。自分による自分のための、自分だけの世界を作るのは、とても楽しいですよ」


 ゴゴッ、と音を立てて重厚そうな黒い扉が開かれる。


 奥から手を伸ばしてきた冷たい空気に、エディは身を震わせた。


 ―――もしかしてあたし、藪蛇つついた?


 若干の不安を遺しながら、エディは怪しげな図書館へと引きずり込まれていった。

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