2章 シンボル桜切断事件

第1話 奇妙な噂と依頼

〈Side美奈〉


春特有のあたたかさが出てきて思わず部屋でゴロゴロしてしまう。

(……なんか忘れてるような?)


部屋に貼ってあるかっこいい男の子のポスターが視界に入る。

背景は神秘的な満月で、少年はニヤリと自信満々な表情で笑っている。



「はっ!そうや!」



思い切り起き上がって腰がグキっとなる。

うわぁ、姿勢悪かったんかぁ……嫌な音。



今日「少年探偵ハル」の小説版が発売される日やん!!



急いで財布の確認をする。

(……よし、足りる!)

ドタバタと階段を駆け降りると、お母さんがキッチンから出たところだった。

お父さんはソファに座っていた。

眠いのか、ギロっと睨まれる。


「何やドタバタうるさいな」

「今から出かけるん?ならおつかい頼んでもええ?」


……何でうまいこと重なるかな!?


「いっぺんに言わんといてや……って、おつかい?」


「そう。おうどう覚えてる?そこの桜餅買って欲しいんよ。今から晩ご飯作らなあかんくて」


「えー本屋行って新作早読みたいのにー」


お母さんは嬉しそうに、お父さんはさらに睨む。


「ならそのついでで良いやん!」

「またあの何ちゃら探偵か」


「だから重なるなー!!!」


……てか、何ちゃら探偵って何やねん!!!



しぶしぶ行くことになった。

とりあえず本屋から行こっと。


「それにしても、桜花堂かー」


小さい頃、京都に引っ越す前よく行ってた。

和菓子屋さんやねんけど、めっちゃ美味しいんよな。

特に桜餅!!

城川名物の一つとも言われていて、大人気商品。

うちも大好きなんよなぁ。

(……久しぶりに食べられるんもめっちゃ嬉しいな)


すぐ近くの本屋に入ると、レジのところにハルくんのポスターが貼ってあった。

(……ハルくんや……!)

ハルくんはうちの推し。

最初はマンガやったんやけど、アニメ化して、小説版も発売されるようになった。

アニメは全部見て録ったし、マンガも全部持ってる。

小説版も出るって知った時はほんまにびっくりした。

(……あっ……)

ハルくんの自信満々な表情と、あの時のしおりの微笑み。



……そうや、なんか引っかかるなって思ったら雰囲気が似てるんや。



(……しおり……)

イギリスにいた間、ほんまに何があったんやろ。

柊さん曰く探偵学校に通ってたって言うてたけど……昔はもっと笑ってたのに、今は全然笑ってくれへん。

ウェイアの帰りも全然話さなかった。

疲れてたんやとは思うけど。

あいつ……善太も心配するくらいやねんから。


あかんあかん。

こんなん考えてても落ち込む。

早よ帰って読むねんから。


新作コーナーを探すとやっぱりあった。

(……よしっ)

手に取り、レジに向かう。

うちやって、しおりの力になりたい。

探偵の家系っていう負担を1人で抱えて欲しくないもん。



うちは……しおりの親友やねんから。



〈Side善太〉


俺はメガネを外し、パソコンを起動する。

……少し気になることがある。

それはさっきのサッカーの帰りことだった。



「お前今日もシュートやばかったよなー」


「どうやったらあんなプレイできんの?」


いつも通り、メンバーと帰ってた。


「別にそんなすごいことじゃないから」


苦笑いで返すしかない。

けど、練習にはいつも真剣に取り組んでる。

サッカーが好きっていうのもある。


「はあー意識高いなー」


「ほんと、さすがエース」



……エース。



いつの間にかそう呼ばれるようになってた。

正直僕は気に入らない。

僕みたいなやつはエースにふさわしくない。

単に好きでやってるだけだから。


「そういえば、藍原さんここに戻ってきたんだっけ」


(……えっ?)

藍原さん、という単語に思わず反応してしまう。


「あー知ってる。善太の隣だっけ?」


「……うん」


あいつ……小山の話は本当だったのか。

まあ、そりゃ旧家族が戻ってきた、なんて地元からしたら大騒ぎだよな。

しかもイギリスからだし。


「良いよなーお前は。あのお金持ちの人と隣なんて」


「いや何で?」


「「『お屋敷のお嬢様』」」


2人は声を揃えた。

(……お屋敷のお嬢様……?)


「……藍原さんのこと?」


2人はこくっとうなずく。

頭の中にはてなが浮かぶ。

僕がぽかん、としていると2人はため息をつく。


「お前……まあ興味ないか」


「たしかに興味なさそう」


「な、何が?」


藍原さんがどうかしたのか?

それはそれで心配だけど。

……その時だった。



「あの木が狙われるなんてね……」


「ほんとよね、何であんな脅迫をするのかしら」



……えっ?

すれ違った近所の人の話題。

2人は聞こえてないみたいだった。


あの木が狙われる。

あんな脅迫。


「このあたりであの木と言えば……」



……というわけがあった。

検索エンジンを開き、「城川市ニュース」検索。

記事のほとんどがあの木の内容だ。

(……やっぱり……!)

とりあえず読んでいこう。



どの記事も、あの満開の桜の木の画像が貼られていた。



〈Sideしおり〉


「……面倒なことになりそうね」


タブレットを見てうんざりする。

……「藍原探偵事務所公式サイト」。

このサイトは私のお父さんの代からある。

主に依頼を確認することくらいだけど、イギリスに引っ越してからは依頼募集を停止していた。

けど、戻ってきたから再開した。

……そうしたらすぐに依頼が来た。

それもまだ一つだけど、何だか奇妙な依頼ね。


「……はあ」


よりによって、あの場所。

小さい時から知ってるけど……あまり覚えてない。

ズキッと小さな痛みが頭に走る。

(……うっ……)

思わずこめかみに手を当てる。



……わたしが、やるしかない。

そんなこと、絶対にさせない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る