第10話 探偵への経路

「お嬢様!」



日も暮れかけている夕方。

しおり、美奈、善太の3人はウェイアから出るところだった。

ウェイアの前にある駐車場にあの黒いリムジンがあった。

そして、しおりの執事である柊が焦ったようにこちらに走っている。


「「柊さん!?」」


美奈と善太は驚いていたが、しおりはあまり反応しなかった。

もちろん、元のしおりに戻っている。

しかし、疲れているのか眠そうに見える。


「帰りが遅いので心配したんですよ。お疲れのようですが何かあったのですか?」


「ちょっと事情があったんよね」


「じ、事情!?何があったんですか!?」


かなり驚いた様子の柊に対し、美奈は笑いをこらえ、善太は怪訝な表情だった。


「まあ、いろいろね。しおりが大活躍したんよねー?」


柊はしおりを見る。

一瞬だけ真剣な表情になったが、何かを察したのかいつもの顔に戻る。


「お疲れ様です、お嬢様。お二人も私の車で家まで送りますよ」


「い、いやそれは……」


善太が遠慮気味に言うが、結局全員柊のリムジンに乗って帰ることになった。



座席の座り心地も良く、車特有の匂いもない、快適な車内。

後頭席の天井には小さなテレビもあり、荷物を置くスペースもとても広い。


「柊さん、しおりっていつから探偵になったん?」


柊に対して、なぜか軽いタメ口で話す美奈に善太は疑問だった。

美奈は、しおりが疲れている様子だったので、柊に聞いた。


「……お嬢様の家系は探偵でもあるんですよ」


柊は静かに言った。

赤信号のため、リムジンは止まる。


「「えっ!?」」


柊は真剣な表情になる。

その変化に善太は気づいた。


「そのため、5年間イギリスの探偵学園で飛び級をして過ごして、探偵の資格をもらい、正式に探偵として動けるようになったんですよ」


イギリスの探偵学園、飛び級、探偵の資格、正式な探偵として……

柊の口からあり得ない言葉や信じられない言葉が出てきて2人は固まる。


バックミラー越しに柊はしおりを見る。

しおりは窓の外をぼんやりと見ていた。


それはどっちのしおりなのかわからない表情だった。

……無表情のしおりなのか、探偵のしおりなのか。


「そっか。探偵か……」


美奈は寂しそうな表情になった。

しかし、すぐに明るい表情になる。


「ま、善太も活躍してたしね?」


「……」


善太の顔が少し赤くなる。

その様子をバックミラーで見た柊の目が細くなる。


「おや?何かあったのですか?」


柊も何か楽しんでいる様子。


「……絶対に言わない」


善太本人にとって、あのシーンは黒歴史的なものになってしまったらしく、だいぶ恥ずかしがっている様子。

美奈はニヤリと笑う。


「善太が言わんのならうちが言うたるわ」


「やめろ」


「可愛いしおりのことやから必死やったんやろ?」


「うるさい」


善太の顔がさらに赤くなる。

しかし、自然と視線がしおりの方に向かってしまう。

最後に会った時と比べると幼さはまだ少し残っているが、人形のようなきれいな容姿に善太は見とれる。


その視線に気づいたしおりが善太を見る。

相変わらずの無表情。

目が合ってしまった善太は慌ててそらす。


……実は、善太にはアレルギーに対して特別な思いがある。

妹である聖奈はアレルギーを持っており、そして今隣に座るしおりもかつてはアレルギーを持っていた。

2人のその苦しさというものを善太は一番近くで見ていた。

下手をしたら命に係わるアレルギー。

恨みを晴らすためにアレルギーを利用した、ということに善太は許せなかったのだ。


「……まあ、必死だったのは事実だけど」


善太はぽつりとつぶやいた。

何を思い出しているのかは分からないが、何かを思い出しているようだった。


「……へ~?」


「何だよ」


「やっぱり必死やったんやな」


「それが何」


「別にー?」


小学生らしいやり取りを柊は微笑ましそうに見て、聞いていた。

青信号になり、リムジンが動き出す。

またバックミラー越しにしおりを見る。


少しだけ表情が暗くなる。

疲れている様子が心配なのか、何なのか。



〈Sideしおり〉


ミィナ、角野くんとは家の前で分かれて数時間後。

夕食、お風呂を済ませた時のころ。

ベッドに寝転がり、ぼんやりしていた。


……本当に疲れた。

頭も痛い。

正式に探偵として動けるようになって初めての捜査だったっていうのもある。


さっき、刑事さんから連絡があって、透さんは何とか無事だったらしい。

けど、ミキさんがどうなったのかはわからない。

まあ、でもあの感じなら逮捕はされてる……かな。

アレルギーを持っていると知っておきながら、透さんを苦しめようとしたから。

何なら殺意もあったし。


食中毒でも、毒でもないなら食物アレルギーしかない。

そこにミキさんの態度と渉さんが話してくれた内容、それから写真を見てほとんどは分かった。

けど、その証拠を見つけるのが本当にダメだった。

あの学校に通ってた時から……ずっと。


「……命に、関わる……」


あの時の角野くんの声がずっと響いてる。



「—―離さない。いくら大人相手でも友達を傷つけるのは許さない」



「—―それに……アレルギーは悪戯で済むものじゃない。命に関わるものだ」



顔はよく見えなかったけど、どんな表情をしていたんだろう。

きっと……すごく怒ってたんだろうな。

声で分かったけど、すごく……低かった。


ズキッと頭に痛みが走る。

昔はわたしもアレルギーを持っていた。

小麦アレルギーと、喘息。

昔の記憶はあまりないけど、あんまり走ったらダメって言われてた。

そしたら……苦しくなるから。

今はどうなんだろう。

小麦は食べても大丈夫だけど、喘息はまだ分からない。


……元々体がそんなに丈夫じゃないから。

冬には、流行り病に毎年かかっていたし、風邪は年中、夏は熱中症。

体育はずっと見学。


ずっと、周りと違う扱いをされてきた。

ずっと、1人。

ずっと……苦しむ。



――こんな生活をするなら、消えることが出来たら良いのに。



〈完〉

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