第9話 解決編 悪戯では済まない

しおりはあの貼りつくような微笑みを浮かべた。

全員の視線がしおりに集まり、衝撃的な顔になる。


「な、謎解きって……分かったのですか?」


刑事さんも驚いている。


「そう。でもまだ証拠が完全じゃないから聞いていくつもり」


しおりは机の上のカップを見る。

もうアイスは溶けてしまった。


「まず、透さんは『アルコール過敏症』である可能性があります」


「「「アルコール過敏症?」」」


しおり以外の全員の声が揃う。


「アルコール過敏症は、言い換えれば『アルコールアレルギー』のこと。個人差はあるけど、症状が軽い時は顔が赤くなったり、ひどい時は喘息のように呼吸困難が起きる。つまり、飲み会で透さんがアルコールを飲まなかったのは透さんがアルコール過敏症だから、という可能性がある」


喘息、という単語に善太が反応する。


「それって、アイスにアルコールが含まれてるってこと?」


美奈の質問にしおりはうなずく。


「さっき店員さんに聞いたら、バニラアイスに入ってるって言ってた」


さっきしおりが店のバックヤードから戻ってきたのはこれのこと。

全員知らなかったそうだ。


マキさんと渉さんの手が震えていた。

透さんがアルコール過敏症だとは知らずにアルコールが含まれるバニラアイスを食べてもらおうとしてしまったことを後悔しているのだろうか。


しおりはマキさんの方を見る。


「マキさんはこのことを知っていましたか?」


「ううん、全く。アレルギーがあるかどうかも何も知らなくて……」


マキさんはまた涙目になる。

この言葉にしおりの目が光る。


「最近付き合い始めたのなら知らなくてもおかしくはない。けど、ミキさんは知ってたのでは?」


「「「えっ!?」」」


視線がマキさんに集まる。

しかし、刑事さんはすぐにしおりに視線を戻す。


「ど、どういうことですか?」


「渉さんの話で、飲み会で透さんが遅れてくる時はオレンジジュースを透さんに頼んでいた。そうですよね?」


「そ、そうよ」


「それはどうしてですか?」


ミキさんは一瞬黙り込む。

しかし、鋭い目つきになる。


「連絡があったのよ」


「連絡……?それは毎回だったのですか?」


「最初だけよ。あとからあいつはお酒を飲まないからオレンジジュースで良いかなって思って毎回頼んでいたのよ」


しおりの表情が少し険しくなる。


「……あなたは、本当に透さんとは高校が同じだった、という関係しかないのですね?」


「……そうよ」


しおりの目が光る。


「あなたは透さんの話になると、表情が険しくなって言葉遣いが荒くなる。さっきはマキさんの話も遮っていた」


言われてみればそうだ。


「それが何よ」


「あなたは透さんのことを嫌っているように見えます。それはなぜですか?」


「な、何でって……」


「わざわざ嫌いな人と空いてる日なら会ったり、飲み会に行きますか?」


ミキが黙り込む。

視線がミキに集まる。


「そ、それは……」


しおりの口元が笑い、あの表情になる。



「理由は、あなたにはがあった、ということですよね?」



「「「えっ!?」」」


ミキさんの顔がさぁっと青くなる。

マキさんと渉さんも焦っていた。


「辛いことをお聞きしてしまうことはとても申し訳ないです」


すぐにしおりの表情は真顔になった。

渉さんやマキさんがこのことを言わなかったのとミキさんが思い出さないようにしたのだろうか。


「……そうよ。あの人とは高校生の時から付き合ってたの」


「そ、そんなに長く!?」


1番驚いたのは美奈だった。


「そう。でも、今年別れたの。それと何が関係があるの?」


ミキさんはまた鋭い目でしおりを見る。


「付き合っていた過去があるなら、どうして透さんがアルコール過敏症であることを知らなかったのですか?」


「……たしかに」


善太はぼそりとつぶやく。


「……そ、そんなの……」


「長くお付き合いされているのなら交際相手の好みやアレルギーは知っているはず。飲み会にも行っているのだから」


むしろ、知らない方がおかしい。


遅れる人の飲み物を注文する時はわからないことも多い。

勝手に頼むわけにもいかない。

ミキさんがオレンジジュースを透さんに頼んだのは飲み会の時は毎回頼んでたから、というより透さんがアルコール過敏症であるから、という事実の方が通じる。


「ミキさんは透さんに恨みがありますよね?」


渉さんとマキさんが反応した。


「……それなら、殺そうと思ってもおかしくはないですよね」


しおりの表情が氷のように冷たくなる。

全員の顔もさぁっと青くなる。


「ちょ、ちょっと待て。仮に殺意があったとしても、ミキは直接自分のバニラアイスを透に渡してないよ」


渉が焦りながらしおりに言う。


「そ、そうよ」


ミキも慌てて言う。


「そうです。渉さんの話を聞く限りミキさんは透さんにミキさんのアイスを直接渡していない。ましてや、別れた相手に渡してしまうと怪しまれる。けど、ミキさんはマキさんが透さんに渡すことを目をつけたのでは?それから直接渡さないように渉さんを通して自分のも透さんにあげた。なぜなら渉さんは甘いものが得意ではないから」


「何そのでたらめ!私があいつを殺そうとした証拠はあるの!?」


ミキさんが怒り出す。

マキさんの手はさらに震えていた。


「先ほども言いましたが、透さんがアルコール過敏症であることをあなたが知らないというのはおかしいんです。……また、あなたには透さんに対して、恨みがある」


また渉さんが反応する。

マキさんの目に涙が浮かび始める。


「な、何よ」


「写真の中のミキさんとマキさんは容姿がとても似ていた。その時に透さんはミキさんとマキさんを勘違いして、何かがあった。その何かは分かりませんけど、それがきっかけでミキさんと透さんは別れたのではないですか?」


渉さんは下を向いた。

マキさんの目から涙がこぼれた。


「ミキ、あの時はごめんね……」


なぜかマキさんが謝る。


「うるさい、マキ。泣かれるのうざい」


マキさんの動きが止まった。

美奈と善太の表情が警戒の表情になる。


「そもそもマキさんは透さんがアレルギーがあるかどうかも何も知らなかったのに、なぜかあなたはマキさんから聞いたと言った。おかしくないですか?」


ミキは黙り込むが目が吊り上がり、キッとしおりを睨む。


「……アレルギーごときで人を殺せるわけがないでしょう!?でたらめなことを言うのもいい加減やめなさいよ!」


しおりの瞳が大きく見開く。

ミキさんはしおりに手を出し、突き飛ばそうとする。


……が、いち早く善太がその手を掴んだ。

美奈も反射神経で体が動いていたが、善太の方が早かった。


「ちょっと離しなさいよ!」


ミキが抵抗しても善太は手を離さない。

いや、離せない。


「……離さない。いくら大人相手でも友達を傷つけるのは許さない」


今までに聞いたこともない低い声。

すごく怒っていることがわかる。


「それに……アレルギーは悪戯で済むものじゃない。命に関わるものだ」


善太の後ろにいるしおりの目がさらに見開いた。

美奈はちらっとしおりの方を見た。


アレルギーは下手すれば今回のように命に関わるもの。

周りは食べているのに自分は食べられない、と不安に思うこともある。

そして、ある料理の中にアレルギー食品があるとは知らずに食べて、病院へ行くこともある。

それを利用して苦しめようとする人間は最低そのもの。

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