第7話 磔り付く微笑み 〈Side 善太〉

藍原さんに話しかけようとすると、誰かの悲鳴が聞こえた。


「な、何だ?」


「おい、人が倒れてるぞ!」


「な、何で!?」


騒ぎ声を聞いてゾクッとする。

ひ、人が、倒れた……!?

店内は大騒ぎになってしまう。

こ、こういう時って、どうすれば……


「あれ、しおりは!?」


「は?」


藍原さんがいる方を見ると……いなかった。

な、何でだ!?

どこに行ったんだ?


店の真ん中に人が集まり、端には子供連れや高校生らしき人が何人か。

たぶん、そこに人が倒れた。

……僕らは携帯を持っていない。

だから救急車は呼べない。


「え、その人大丈夫なの?」


「わからない…」


「ママ……」



「みなさん、落ち着いてください」



店内に凛とした声が響いた。

その瞬間、静かになる。


「救急車はもう呼びましたし、警察にも連絡しています」


店内の人全員が声が聞こえた方を見る。

誰だろうか。

すごく凛としていて、大人っぽい声。

でも、なんか聞き覚えがあるような……


「……行くで、善太」


「……えっ?」


こいつは僕の手を掴み、店の真ん中に近づく。


「ちょ、離、」


「そ、それはありがとう、でも危ないから君は下が、」


「それはできないです」


だんだん会話が近く聞こえる。

一体何が起きているのだろうか。


「ここは子供が出る幕じゃないんだ。早く下がってくれ」


話している男性の声が荒くなる。

……って、子供……?


「それは――」


店の中心部に着き、人の隙間から様子を見る。

大人たちは机椅子を囲むように立ち、その下には20代くらいの男性がのど元を押さえて倒れている。

客全員の視線の先には、僕と同じ年くらいの子がいる。

顔はまだよく見えない。



「—―これを見ても、そう言えますか?」



男性に向かって、何かを見せる。

それを見た男性を含め、周りの大人たちが息をのむ。


「特別、捜査、許可証……」


「き、君、探偵なのか……!?」


やっとその子の顔が見えた。

艶のある黒髪に、人形のようにきれいな顔立ちに、りつくような微笑み。

そして、見覚えのあるピンクのワンピース。

……うそ、だろ。


「うそ、あの子探偵なの?」


「あんな小学生みたいな子が!?」


「本当に探偵なの……?」


ミステリアスな雰囲気をまとう少女は、藍原さんだった。

隣にいる小山を見ると、驚いた様子はない。

だが、なぜか苦しそうな表情だった。

藍原さんは男性たちに見ていたものをしまい、微笑みを消した。


「捜査にご協力、お願いしても良いですか?」


「待て、本当に君は、」


「名字見たか?あの藍原さんだぞ」


「あ、藍原様!?」


また店内はどよめく。

藍原という名字を聞いて驚いたのだろう。

……あの旧華族の、名字を。


「ご協力をお願いしたいんですけど」


藍原さんの声に苛立ちが混ざった。


「も、もちろんです」


男性を代表に周りの大人はうなずく。

……藍原さんが、探偵……

さっきまでのふんわりした雰囲気とは全然違う表情と声。

こんな違い、あるのか?

てかそもそも何で藍原さんが?

何でこんなに雰囲気が変わるんだ?

……何で……


「まず、この方と一緒に来られたのは?」


藍原さんの質問に3人が手を挙げた。

2人は女性で、見た目がそっくりだった。

双子だろうか。

もう1人は男性。


「この方とはどういうご関係なんですか?」


「高校時代からの仲だよ」


男性が答える。

優しそうな雰囲気だ。

片方の女性を慰めるように手を握っている。

双子の女性はというと、2人ともショックなのか別の理由があるのか黙ったままだ。


「どういう目的でここに?」


「僕らは大学生なんだけど、僕とミキ、えっとこっちの女性と大学が同じで、倒れたこのとおるとその彼女のマキが同じ。僕らはまだ付き合い始めたばかりだけど、よくこうやってみんなが空いている日は4人で会って遊んだりするんだ」


ミキという女性と、今話している男性。

それからマキさんと透さんはいわゆる「付き合っている」のだろうか。


「では、ここに来た時から透さんが倒れるまでの状況教えてくれませんか?」


藍原さんはメモ等はせず質問をしていく。


「えーっと、ここに来たときは普通にアイスを頼んで、ここに座って。それで、食べてたらミキとマキがお腹いっぱいになったから僕らにくれたんだよね」


女性2人は同時にうなずく。


「でも、僕はそこまで甘いのが好きじゃないからミキの分も透にあげちゃったけど」


「そのアイスの味は?」


「僕はバニラ、ミキとマキはバニラとイチゴのダブル、透は抹茶、だっけ」


4つのカップを見るとそうらしい。

4つのうち、2つのカップのアイスはもう溶けかけている。

これはきっとミキさんとマキさんの分だ。


「透さんは席を離れたりしてませんでしたか?」


「ああ、うん」


一気に静かになる。

店の外からの声は聞こえるけども。


「失礼します、担架通ります」


店の入り口から何かを転がす音が聞こえた。

担架っててことは救急車が来たのか。

道を開けるように僕らは端に寄る。


そのまま透さんは担架で運ばれた。

そして、警察も来ていた。


「捜査をするのでできるだけ端の方にお願いします」


刑事さんの指示に従って僕らは邪魔にならないような場所に移動する。

男性と双子の女性、藍原さんは移動せず、藍原さんはカップをじっと見ていた。


「えっと……君は?」


刑事さん2人は不思議そうに藍原さんを見る。

鑑識の人も来ていて、何で小学生が…みたいな顔で藍原さんを見ていた。


「……藍原です」


例の「特別捜査許可証」を見せた途端、刑事さんと鑑識の人はハッとする。


「し、失礼しました!」


えーっと思わず引いてしまう。

刑事さんと鑑識の人が小学生に頭を下げている。

藍原さんは許可証をしまい、刑事さん達に状況説明をする。


「……なるほど。それで、藍原さんはどう考えられていますか?」


「食中毒と、毒の可能性はないと思う」

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