第3話 もう1人の幼馴染み

〈Side善太〉


「お疲れー」

「おう!」

「また来週なー」


サッカーの練習の帰り。

日はもう暮れかけている。

……さすがに疲れたな。

パス練からシュート練、練習試合もした。

たぶん家帰ったらすぐ……寝落ちする。



いつもならあんまり疲れないのに、今日は体が重い。

集中してできなかった気が、する。

コーチからは何も言われなかったけども。



……気にならないわけがないよな。



あんなに変わってるのだから。

今日までの5年間、一体何があったのだろうか。

あの怯えた、でも「無」の瞳。

弱々しい声。

それから、無表情。

昔はあんな感じじゃなかった。

もっと……



「なーに、暗い顔しとるんや?」



……はっ?

今の、誰の声だ?

周りを見渡しても誰もいない。

影も見えない。

その時だった。



「……えっ……!?」



後ろに気配を感じ、さっと振り向いた同時に、1人の少女と目が合った。

夕日で表情が明るく見える。

しかも……飛んで、る……!?

少女は得意げに笑った。



空中で一回転をし、僕の前できれいに着地。

1つくくりをしている茶髪がばさっと揺れる。

……だいぶアクロバティックだったな。


「久しぶり、善太」


立ち上がり、見覚えのある勝ち気な表情で僕を見る。

たぶん僕と同じくらいの背で、女子にしては高い方。

どこかのモデルさんみたいなスタイルをしている。

……はあ、誰かと思ったら普通に「俺」のもう一人の幼馴染みじゃないか。


「……小山、美奈」


自然と声が低くなる。


「覚えてたんや?」


ニヤリと彼女、小山美奈は笑う。

懐かしいようで、懐かしくないような。

プラス昔よりだいぶ強くなった関西弁。

でもどこか発音はやわらかい。

……ただなんか腹が立つ。



こいつは小山美奈という、俺のもう1人の幼馴染み。

京都生まれで、年少の途中でここに来て、幼稚園を卒園してすぐ京都に戻って……

俺と、藍原さん、そしてこいつとは幼稚園の時はずっと一緒にいた。


「……いつ戻ってきたんだ?」


「せっかく会えたのに久しぶり、おかえりの一言もないんか。まあええけども?」


……それは悪かったな。

昔よりだいぶ生意気になったというか、そんな気がするけど。


「ほんま、つい最近。昨日ここに戻ってきた」


「……ふぅん」


藍原さんより、前か。

全然気づかなかった。

引っ越しの挨拶にも来てなかったし。


「で、何でそんな暗い顔しとるん?」


急に真顔になった。

こいつ、こんな勘が鋭かったっけ?


「……野生並みの勘だな」


「それ、褒めてるん?」


「どっちだろうね」


「アンタがそんな暗い顔するってことは、しおりのことやろ」


……!?

俺が固まっていると、こいつはまたニヤリと笑う。


「やっぱりそうなんや」


腹立つ。

本当に腹が立つ。


「……何でわかったんだ」


「アンタは自覚ないやろうけど、アンタの表情はわかりやすい」


「……それはお前の観察力が良いだけだろ」


「へぇ?それはどうも?」


まあ……事実だし。

表情が分かりやすいのは何となく認めたくないけど。


「まあ、あんたが心配するのも無理もないわ、イギリスにおったんやし」


「……はっ?」


「えっ?」


ちょ、ちょっと待った。

イギリス!?!?!?

あの人、今までイギリスにおったんか!?!?!?


「え、イギリス!?」


「そうやで。もしかして知らんかったん?」


「……うん」


「えー、柊さんから聞いてない?お父さんの仕事の都合でって」


「……全然何も」


そっか、お父さんの仕事で、か。

それは仕方ないなって、何でこいつは知ってる?

柊さんのことも。


「……何で知ってるんだ」


「そりゃ、藍原家よ?地元に戻ってきたんやから街中の噂になるわ」


それもそうだな。

旧華族の超お金持ちの方だし。


「まあ、戻って来たのはしおりだけやねんけどね」


「……えっ?」


「嘘、これも知らん?アンタの家に挨拶来たんとちゃうん?」


「いや、来たけども……」


こいつは一瞬だけ、怪訝な表情になったけどすぐ真顔に戻った。


「……柊さん、何も教えてくれんかったんか。ま、そのままの意味よ。帰国したのはしおりだけ。ご両親は当分はまだイギリス。これも仕事の都合」


「……そう、か」


ご両親はまだ帰国しないのか。

もしかして、それで落ち込んでいるとか?

それなら……まだ納得できる。



それより、何で隣に住んでいて、引っ越しの挨拶に来たのにこのことを知らないんだ?

こいつの家に藍原さんと柊さんは来てないはず。

噂でもこんなに広がるものなのか?

何ならサッカーのメンバーも知らない。

話題にもならなかった。


「……本当に、噂なのか?」


「……何、急に。そうやけど」


こいつの目を見る限り、噂らしい。

けど、おかしい気がする。

どこか、引っかかる。


「信じたくないなら信じなくても良いけど。そこはアンタに任せる」


声色が変わった。

瞳の感じも。

……あの、感じ。

見たことある、気がする。


「あと、善太」


「……何」


そういえば、今日初めて名前で呼ばれた。


「明日って空いとる?」


明日はサッカーの練習はない。

家の用事も聞いてない。


「……一応」


「なら明日の10時、しおりの家の前に集合。それじゃ」


「……え、おい、待て!」


そのまま駆け出して行ってしまった。

何、急に何するんだ?

全く、相変わらずだな、本当に。

何も予定がないから良かったけど。




〈Side美奈〉



プルルル……プルルル……



『もしもし』


……あ、本人ちゃう。

ま、そりゃそうや。


「あ、こんにちは、小山と申します」


『小山さん!?お久ぶりです』


「久しぶり、柊さん」


『何かあったのですか?』


「いや、しおりに用があるのと引っ越しの挨拶にしにきただけ」


柊さんはうちの両親の知り合い。

今はしおりの執事をしてるらしいけども、話すのは久しぶりやな。


『引っ越しの、挨拶ですか?』


「そっ。うちら昨日、城川に戻ってきたんよ」


『そ、そうなんですか!?』


ふふ、めっちゃ驚いてる。

まあ、昨日やもん。

まだ……飛行機か、イギリスにおったんかな。


「しおりが帰国したってお父さんから連絡があったよ。もう、戻ってきたのなら教えてやー」


『すみません、準備と挨拶でバタバタしてまして』


……もしや。


「……引っ越し蕎麦?」


『……はい』


参った、という声やな今の。

引っ越し蕎麦くらい分かるけども。


「まっ、とりあえずよろしくーってことよ」


『はい、よろしくお願いいたします』


「それと……しおりこと、ほんまに頼んだで。うちの……親友やねんから」


『ええ、分かっていますよ』


さすがに柊さんも察したのか声色が一気に変わった。


「じゃ、しおりって今おる?」


『ええ、少々お待ちください』


しばらくの間、沈黙が流れる。

まだちゃんと話してないな。

うちのこと覚えてくれてるかな。


『……ミィナ?』


可愛い、懐かしい呼び方にはわわっとなる。


「しおり!?久しぶり!」


『う、うん』


あれ、意外とびっくりしてない感じ。

知ってたのかな。


「しおりさ、今日城川に戻ってきたんよね?」


『うん』


「うち、昨日戻ってきたんよね」


『えっ、そ、そうなんだ。気づかなかった』


そーの割にはだいぶ棒読みな感じやけどもっ。

でも相変わらず可愛い……

気を取り直してっと。


「それでさ、しおりの帰国祝いに明日遊ばん?善太も誘ってさ」


『いいよ』


「ほんま!?じゃあ、明日の10時にしおりの家の前に集合な!」


『うん』


「じゃ、また明日なー」


『うん、また明日』


向こうから切られた。

……あの感じ、善太が心配するのも無理ないわ。

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