第2話 引越しの挨拶 〈Side 善太〉



ピーンポーン



黒いリムジンを見て少し経ってからインターホンの微妙な音が家中に響いた。

たぶん……隣の人だろうな。

母さんはこのことを知ってるのだろうか。



「ママー!だれかきたー!」



2階の部屋まで聞こえる妹、聖奈せなの声とドタバタと足音。

僕も一応、1階に降りておこう。



玄関は階段降りてすぐ左にある。

階段を降りると、母さんと美空が玄関に向かうところだった。


「あ、おにいちゃん!おとなりさんがくるんだって!」


……やっぱり。

なぜか聖奈は嬉しそうだった。


「そ、そ、そうなんだ?」


これは……知らないふりをした方が良いのだろうか。


「あら、善ちゃんは知ってたの?」


母さんに聞かれ、ぎくっとする。

そういうところだけは本当に鋭い。

知ってたのは知ってた。

たまたまリムジンが見えたから。

……それから「善ちゃん」って呼び方、そろそろやめてほしい。


「……な、何で?」


「別に何でもないけどー?」


…………何だ、その目は。

聖奈も同じ目で見るなよ。

とりあえず無視しておこう。



母さんを先頭に玄関で靴を履く。

そういえば、インターホンを押したのは誰だろう。

母さんが玄関特有の重い扉を開けると、そこには白髪混じりの男性が立っていた。



……えっ。



「本日、引っ越してきましたひいらぎと申します。 本日はお騒がせしてしまうかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」



男性、柊さんは優しそうな微笑みを浮かべながらぺこりと一礼した。

60歳ぐらいだろうか。

なぜかモーニングコートを着ている。

……ああ、執事的な人なのか。

紳士的な雰囲気もある。



角野奏美すみのかなみと申します。えっと、こっちが息子の善太、娘の聖奈です。こちらこそよろしくお願いします」



母さんに続きも僕らも挨拶をする。


「こちら、心ばかりの品ではございますが、よろしければお受け取り下さい」


と、言いながら柊さんは母さんに何かを渡した。

……白い紙袋。



「ありがとうございます」



母さんの声がわずかに高くなる。

……声でわかる。

たぶんお菓子か何かだったんだと思う。


「それ、なあに?」


聖奈が不思議そうに聞く。


「ちょっと、聖奈」


柊さんは気にせず美空の身長に合わせて、片膝をついた。


「こちらはお菓子ですよ」


柊さんはにっこりと笑う。


「お菓子!?やった!」


聖奈が嬉しそうに喜ぶ。

母さんも呆れる。


「す、すみません……」


「いえ、大丈夫ですよ」


はは……と苦笑いするしかないこの状況。

お菓子って言ってもなんかかなり高そうな紙袋に見えるけど気のせいだろうか。

僕は、柊さんの後ろに誰かが隠れていたことに気づいた。



……あっ……



それも、どこか見覚えのある少女。

記憶の中にある、最後に見た時の姿と一致した。

長い、艶のあるサラサラの黒髪にきれいな顔立ち、白くて細い手足。

きれいな二重の瞳は黒く、おびえているようで、けどどこか光がない感じ。

可愛らしい、まさに人形のような容姿で目を惹かれるというか、オーラがあるというか。



ドクン、と心臓が跳ねる。

向こうも気づいたのか、僕を見たけどすぐにそらされてしまった。

まあ……そうだよな。

僕の視線に柊さんは気づいたらしく、立ち上がりながらその子を見た。


「お嬢様、ご挨拶を」


彼女を見た瞬間、ふっと柊さんの視線が変わった。

まるで……な、何だあの視線。

僕らに向けた視線と違う。



お嬢様、と呼ばれた少女は少しだけ前に出て、「無」の瞳で僕らを見る。


「……藍原、しおり、です……」


名前だけ言ってからすぐに柊さんの後ろに隠れてしまった。

弱々しい、けど懐かしく、鈴みたいに可愛らしい声。

……やっぱり、藍原さんだ。

会うの、5年ぶりだ。



藍原さんの家はとてもお金持ちで、旧華族。

昔から城川市では有名かつ由緒ある家だったらしい。

彼女の祖父にあたる方が「AINA」という、世界的に有名な大企業の起業者。

城川市はほぼ「AINA」で成り立ってるとも言われている。

僕らが普段から使うものから人気の店や、ブランドものまでいろんなものを担当している。

このあたりというか、城川市で藍原家のことを知らない人はいない。



僕らは家が隣で、幼稚園も同じで一緒にいることが多かった。

父さんも母さんも藍原さんのご両親と知り合いで、たしか幼馴染みだと聞いた。

あの時は……すごく楽しかった。

……藍原さんの違和感を感じたのは僕だけだろうか。


「すみません、彼女は極度の人見知りでして……」


人見知り。

昔からそうだった。

人の目を見て話すことができなかったし、今もできてなかった。

……けど……


「いえいえ、人見知りは仕方ないですよ。善ちゃ、善太もそうなので……」


母さんがにやりと笑いながらこちらを見る。

だからその目で見るな。

てか、僕は人見知り……なのだろうか。


「たしか、しおりちゃんって来月から小学5年生、ですよね」


「ええ。そうですね。角野君もお嬢様と同じ年、でしたっけ」


僕を見て聞かれた。


「は、はい……」


自分の話題になっても藍原さんはこちらを見ない。

柊さんは僕を見て少しだけ微笑んでいた。

意味ありげな目で見られた気が、する。

そして、また母さんを見る。


「他の方々にも挨拶をしなければいけないので、ここで失礼します。これからどうぞよろしくお願いします」


またぺこりと礼をした。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


母さんを代表に僕ら3人も。

柊さんと藍原さんはそのまま隣の家へ向かった。


「あのおねえちゃん、はずかしがりやさんなの?」


玄関に入りながら聖奈が母さんに聞く。

母さんは一瞬戸惑ったような表情になったがすぐ戻った。


「そうみたいね。人見知りは……仕方ないことよ」


母さんの瞳が変わった。

声色も少しだけ、変わった。

聖奈は不思議そうに母さんを見る。


「……っ」


母さんは……気づいていたのか?

それとも、知っているのか?



僕の視線に気づかず、母さんはキッチンに向かう。

そのあとを聖奈が追う。



藍原さんは、ただの人見知りじゃない。

人見知りだったら……あんな「無」の瞳なんてしない。

何だったんだ、あの瞳は。

光が無くて、どこを見ているのかがわからない、けどどこか苦しそうだった。

人見知り以上に、何か別の理由があるはず、だ。



一体、何があったんだ……?

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