カラオケ
薄暗い部屋に青白く光るシャツが揺れる。ブラックライトに照らされた室内は海の中みたいだ。
「次、誰の曲ー?」
大音量で流れるイントロ。わいわいとはしゃく先輩たちを夢見心地で眺める。
すぐ目の前に葵先輩がいる。
3年生の他の先輩たちと無理やり肩を組まされ、少し迷惑そうだがそれなりに楽しそうにマイクを持つ姿が新鮮だ。私は曲に合わせて手拍子を打つ。
ここはカラオケ店。結団式の後、すぐにLINEグループができた。先輩たちの発案で、応援団でまず交流を深めようということで、カラオケパーティーが企画された。うちの学校は行事後の打ち上げは禁止されてるけど、今回のはギリセーフだと思っている。
油断してフライドポテトを貪っていたら、流行りのK-POPミュージックを歌い終えた葵先輩が私の隣りに座った。ふわりと何気なく香るいい匂いにどきどきする。緊張のあまり隣にいる先輩を見れずにいた。正面では咲良先輩がガールズバンドの曲をかっこよく歌っている。
「春本さんってさ、決意表明で勝てなかったら、坊主になるって宣言したんだって?そんなに応援団になりたかったの?」
曲を聴いているフリをして、気まずい雰囲気を誤魔化していたら、葵先輩の方から話しかけてくれた。私は話題を振られたことに、ほっとする半面、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になった。
他学年にまで、そんな話が広まってるなんて…!
逃げ出したい気持ちを押し殺し、思い切って先輩の方に目を向ける。薄明りに照らされた先輩は大人っぽくて色気に溢れていた。予想以上に距離が近かったこともあって、私は視線をそらさないように心がけながら、やっとの思いで質問に答えた。
「えっと、1年生の頃から応援団に憧れていて…みんなのために頑張りたいって」
嘘だ。みんなのために頑張りたい思いはあるが、あくまで自分の夢のために、葵先輩に近づきたかった。自分勝手で最低な、理由だ。本人を目の前にして、偽りの言葉を述べることに罪悪感を感じて声が小さくなる。暗くて先輩の表情がよく見えないのが唯一の救いだった。
「そうなんだ。てっきり、俺が目的なのかと思った」
先輩の言葉に心臓が跳ね上がる。
「いえ、その、違います…!」
慌てて否定したせいで、余計に怪しくなってしまった。頬が熱くなる。先輩の顔がまともに見れない。
「冗談だよ。ごめんね、からかって」
先輩は私から目線を外すと、ソファの背もたれに体を預けて笑った。私は少し安堵した。ただ、心臓はまだ早鐘を打ったままだった。
「春本さんって面白いよね。この後、2人でどっか行かない?」
「えっ」
私はいっそう胸の鼓動が早くなるのを感じた。しかし、さっきより頭は冷えていた。これはまたとないチャンスだ。
「こいつ。この後、塾ですよ」
私が口を開きかけたその時、突然正紀が横槍を入れてきた。唖然とする私を尻目に正紀は涼しい顔をしている。そもそも塾なんて通ってない。
私が正紀の言葉を打ち消す間もなく、「あ、そうなんだ」と葵先輩はつまらなそうに言うと、他の席に移動してしまった。
正紀は私がアイドルになりたくて頑張っているのを知っているのに、どうしてあんなことを言ったのだろう。
私は腹立たしい気持ちになった。
「なんで邪魔したの」
店を出るやいなや、正紀に詰め寄る。まだ先輩たちはトイレに行った何人かを待っていて、店の受付あたりでまだ喋っていた。夕暮れ時の商店街は居酒屋などの店が開き始めていて、昼間とはちょっと違った雰囲気を醸し出している。
「言っとくけど、『惚れさせる』と『遊ばれる』は違うからな」
正紀は怒ったように言った。その時、私は初めて自分の思い違いに気づいた。正紀は私のことを心配してくれてたのだ。
「ごめん」
「別に」
先輩たちがちょうど店から出てきたところで、二人は互いに口をつぐんだ。会はそこでお開きとなった。私と正紀は帰る方向が同じだったけど、気まずい空気を引きずったまま、私は帰路に着くこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます