お近づき大作戦

「うぅっ、緊張する…」


 体操着の上からお腹を抱えて階段を降りる私に、正紀が「なんでだよ」と笑う。

 辺りは一斉に移動する人々によって、がやがやしている。久しぶりの全校行事。喜び勇む者、浮き足立つ者、気だるい雰囲気を醸し出す者。各々思いに差はあれど、どこか皆、落ち着きがない。


「あんだけ、啖呵切っといて、今さら緊張とかないだろ」

「そうなんだけどさー」


 私はついこの間の出来事を思い出す。私は葵先輩との接点をもつため、学級活動の組織決めの際に、応援団に立候補したのだ。


 2年生の応援団には、各クラス男子1名、女子1名がなることができる。3年生になると、各クラス男女3人ずつ輩出することができるのだが、1、2年生の応援団になれる人数は少ない。なのに、うちのクラスからはなんと6人もの女子が立候補していた。私の他にも葵先輩目的の女子がたくさんいたらしい。なかなか厳しい闘いだった。

 

 クラスでの決意表明の時、なんとしても応援団になりたい私は、勢いあまって

「皆を勝利に導きます!

 勝てなかったら坊主にします!」

と宣言してしまった。これが一部の男子にウケて票を集めることに成功した。


 まさかこんなに上手くいくとは思わなくて、自分でもびっくりだ。あとで、応援団になれずに泣いていた女子を見かけて、すごく申し訳ない気持ちになった。口から出まかせに吐いた言葉だったが、精一杯頑張らないと。本当に坊主になったら、笑えないし……。


 グラウンドに到着すると、すでに3年生の応援団が全体を指揮していた。応援団の指示に従って、皆が徐々に列を成していく。


 人一倍大きな声を出して目立っているのが、青ブロック女団長の咲良さくら先輩だ。短く切り揃えた髪型に、男勝りな性格は女子にもモテてそう。


 そして、その横に立って周囲を静観しているのが今回青ブロックの男団長になったあおい先輩だ。目鼻立ちがはっきりしていて、思わず見惚れてしまうような端正な顔立ち。黒い前髪を真ん中で分けたスタイルがよく似合っている。背はモデルのように高く、体操着からすらりと伸びた手足は、少し日に焼けていて、ほどよい筋肉を覗かせている。葵先輩はただ前に立っているだけなのに、咲良先輩とは別の意味で存在感を放っている。


 そう、運の良いことに、私は葵先輩と同じ青ブロックになることができた。うちの学校では、1年生から3年生の1クラスずつが、縦割りで同じチーム、すなわちブロックとなる。


 各クラスの体育祭実行委員が4色のうちいずれか1色を決めるくじを引き、抽選でグループが振り分けられる。ブロックを決める生徒集会で、葵先輩のいる3年1組の実行委員が、私と正紀の所属する2年2組と同じ青色のくじを引いた瞬間……私は神様に感謝した。


 さて、今日は結団式。同じブロックになった3クラスが集まり、体育祭に向けて団結を深める時間だ。特に、応援団には、皆の前で自己紹介をして、ブロックを鼓舞するという重要な役割が与えられている。応援団になれなかった子たちの分まで、気合を入れた一言を述べないと!


 チャイムが鳴り、各ブロックごとの結団式が始まった。咲良先輩の「気をつけ!礼!」という号令のもと、青ブロックの生徒が一斉に「お願いします!」と叫ぶ。なかなかイイ出だし。

 

 1年生の応援団から順に挨拶をしていく。1年生の応援団は耕平こうへい君と葉月はづきちゃん。緊張しながらも、めいいっぱい声を出そうとしているところが、なんだか初々しい。声が高くて、後ろの方は聞こえづらそうだったが、一生懸命な気持ちは伝わってきた。


 次は私と正紀の番。正紀は1年生の時に応援団をやっていただけあって、よく通る声でそつなく意気込みを語っていた。

 私も見習いたいところだったが、自分の番が来るとプレッシャーで声が裏返ってしまった。それでもなんとか話を続け、途中「いいぞ」「よ!坊主!」などの謎の合いの手を入れてくるクラスの男子なんかがいて、場は盛り上がっていたと思う。でも、どんどんモテ女子から遠のいている気がする……。


 最後は3年生だ。6人の先輩たちが順々に思いを話していく。咲良先輩は言うまでもなく、さすがの演説っぷりだった。ハスキーな声で熱く語る姿に感化され、こちらまでやる気がみなぎってくる。

 

 最後に葵先輩が前に立った。キャーキャーと女子たちの黄色い声援が飛び交う。先輩が口を開くと、さすがに周りは静かになり、皆の視線が前方へと集中する。


「青ブロック男団長………………………」


 私は一瞬「え…?」となった。それくらい葵先輩の声が小さくて、ほとんど聞き取れなかったからだ。他のブロックの歓声も相俟って、先輩の声はどんどんかき消されていく。皆の顔にも困惑の色が見てとれた。


 幸か不幸か、葵先輩の挨拶は短かった。先輩が礼をすると、帳尻を合わせるように大きな拍手が鳴り響いた。気まずい空気が流れたのはほんの一時だけで、広いグラウンドで周りが騒がしい結団式ではよくあることなので、誰もあまり気にしなかった。

 こうして、結団式はあっという間に幕を閉じたのだった。

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