応援団会議
カーテンがばさっとひらめく。今にも雨が降り出しそうな曇り空。ひんやりとした風が外から流れ込んでくる。しんとした教室。どこからともなく、運動部のかけ声が聞こえてくる。
「で、どうしようか」
沈黙を破ったのは咲良先輩だ。体育祭練習期間中の放課後に毎日設けられる応援団会議の時間。私たちは話し合いの途中だった。
体育祭までまであと4日に迫っていた。応援は八割方完成していたが、最後の目玉となる振り付けがまだ決まっていなかった。残り少ない練習時間を考えると、今日決まらないのは流石にヤバイ。それなのに…
「ソーラン節の振り付けを参考にするのは?」
「演技に一貫性がない」
「みんなには円の隊形になってもらって、応援団のメンバーが真ん中で組体操するのはどう?」
「無理。ダサい」
応援団のメンバーの提案を葵先輩が悉く却下していた。5時までに応援団会議を終わらせなくてはいけないのに、ずっとこの調子だ。
6人の先輩のうち2人は委員会の仕事で不在。先生は何やら放送で職員室に呼ばれてしまって、残された私たちだけで話し合いをまとめなくてはいけなかった。
「みんなで空手の型をやるのはどうですか?」
「今からそんな振り付け覚えられないだろ」
葉月ちゃんの提案に、葵先輩が首を振った時だった。
「いい加減にしてよ…!!」
咲良先輩が机をバンと叩いた。一瞬で、その場の空気が凍りつく。
「なに?」
葵先輩は咲良先輩に対して、冷ややかな目を向けた。そんな彼を咲良先輩はきっと睨みつける。
「みんなの意見を否定ばかりして、葵は何がしたいの?!」
「時間がないからって、適当に決めても意味ないだろ」
「応援団会議だけの話じゃない……。練習の時から全くやる気がないじゃない!」
私はその場を固唾を飲んで見守ることしかできなかった。実際、練習での葵先輩は、誰の目から見ても、手を抜いていることは明らかだった。声が出てない以前に、なんていうか熱意が感じられなかった。
「団長として、しっかりしてよ!」
「……俺を担ぎ上げたのは、お前らだろ」
「そこまでにしましょ」
正紀が見かねて仲裁に入った。そこで、5時のチャイムが鳴った。会議はやむなく中断となった。
一切口を開かぬまま、足早に教室を出た葵先輩を私は必死で追いかけた。正紀は私を引き留めようとする素振りを見せたけど、「大丈夫だから」と伝えて、階段を駆け降りた。
幸い、校門を出てすぐのところで、私は葵先輩に追いつくことができた。
「葵先輩」
「……なんで追いかけてきたの?」
「ちょっと心配で。一緒に帰ってもいいですか?」
ポツリと雨の雫が頬を伝った。空がごろごろと唸り声を上げている。私は葵先輩の横に並んだ。しばらく無言で歩く。
「……先輩はどうして団長になろうと思ったんですか?」
私は勇気を振り絞って先輩に話しかけた。
「別になりたくてなったわけじゃないよ。みんなからの推薦。俺のクラス、団長なりたい奴いなかったから」
「だから、応援も本気になれないんですか?」
先輩が私の方に向き直り、足を止めた。先輩の表情が険しい。少し踏み込みすぎたかも、と躊躇う気持ちが出てくる。でも、言わずにはいられなかった。このままでいいはずがない。ぽつぽつぽつと、だんだんと雨が強くなってきた。
「みんな俺に過度な期待を寄せる。今まで付き合った彼女にも、いざ付き合ってみたら思ってたのと違ったって散々言われてきた。完璧じゃないとがっかりされる。失敗したり、何かでかっこ悪いところ見せたりするの嫌なんだ」
先輩の声は哀しみと静かな怒気をはらんでいた。
「でも、完璧じゃなかったとしても、一生懸命頑張っている人の方がかっこいいと思います」
私は先輩を正面から受け止め、負けじと言い返す。
「やるって決めたんだったら、何が何でも、最後までやり通さないと。むしろ、やらない方がかっこ悪いです」
途中からは感情の赴くままに、喋っていた。私は「すみません、では」と目を伏せると、何か言いたげに口を開いた葵先輩を残して、急いでその場を離れた。
その夜、私はお風呂の中で、自分の発言を死ぬほど後悔したのであった。
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