変化
昨日の一件があってから、私は葵先輩と顔を合わせるのが憂鬱で仕方がなかった。
後輩のくせに、偉そうな口を聞いてしまった……ひょっとしたら、先輩、ものすごく怒っているかも……。
不安を感じたまま、応援練習が始まる。各学年2列ずつで真っ直ぐに並んだ隊形。団長である咲良先輩と葵先輩が先頭に立つ。ピーっと先生が開始の合図の笛を吹いた。
「青ブロック女団長、
「青ブロック男団長、
あれ…?
葵先輩の声のハリがいつもと全然違う。腹の底から出された低く響き渡る声。私の立ち位置だと先輩の背中しか見えなかったが、腰に手を当て、身体をそらして叫ぶ先輩は、これまでの練習とは明らかに異なっていた。
「昨日はごめん」
放課後の応援団会議は葵先輩の謝罪から始められた。
「大丈夫だよ。それより、時間がない。話し合いを始めよう」
咲良先輩が黒板の前に立つ。チョークを持って、これまでに出てきた案をまとめていく。
「何か他に案がある人?」
「はい」
私はすかさず手を挙げた。昨日寝る前に考えていたものがあるのだ。
「最後にみんなで花をつくるのはどうでしょう?」
「花?」
「はい。円の隊形から手の角度を工夫して、全体で花をつくるんです」
私は話しながら、自ら実践して見せた。
「三重の円になって、一番外側の円の人たちが立て膝で前に手を伸ばす。真ん中の円の人たちが体を折り曲げて斜めに手を伸ばす。一番内側の円の人たちが真っ直ぐ上に手を伸ばす。こんな感じです」
途中から、正紀と耕平くんにも手伝ってもらう。咲良先輩は「なるほど」と頷いた。
「でも、どうして花?」
先輩の一人が疑問を口にした。私は待ってましたとばかりに説明する。
「咲良先輩も葵先輩も花に縁がある名前だなって思って。とくに、葵の花言葉には、野心とか大望って意味があるらしいんです。それって体育祭の応援にぴったりだなって思って」
束の間の沈黙。自信満々だっただけに、一時の時間が永遠にも感じられる。
「いいんじゃないかな」
口火を切ったのは葵先輩だった。先輩と目が合う。切れ長の瞳が私を見つめていた。
「一人一人の振り付けはそこまで難しくないけど、見応えのある演技になると思う」
私は力強く頷いた。静かに胸が高鳴っていた。葵先輩に自分の考えが認めてもらえたことが、とにかく嬉しかった。
「じゃあ、それでいこう」
咲良先輩のアシストもあり、葵先輩の同意が得られた後の話は早かった。応援団のみんなで振り付けを確認して、明日の段取りについて話し合っていく。
「水を差すようだけど、桜も葵の花も青色じゃないよね」
一人の先輩が冗談まじりに言った。
「それは…ドンマイですっ!」
私の一言にみんなが笑った。
完璧じゃなくても、想いがあれば伝わるはずだ。
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